七日間の夏

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「不幸に見えないね」 「ほんとう?」 「うん。明るいし、しっかりしてるし、幸せそう」 佳子の言葉に、まおみは表情を緩めた。 「育ちじゃなくて、今どんな風に生きてるかが顔に出るのかな?」 まおみは訊いた。 たった一歳差だが、急に自分が年上なのだと自覚できた。 佳子は「そう思う」とうなずいた。 まおみは「このお花、分かる?」と、コップを指さした。 「アタシの誕生花なの。ユリノキ。気に入ってるの」 まおみは笑った。 2 夕方の作業は怒涛だった。 まおみの言う通り、「修羅場」だった。 十七歳の口から修羅場という言葉が出てくることが、佳子にとってなんだか不思議だった。 たどえば、小説の中なら、十七歳のキャラクターに「修羅場」というセリフを言わせる作家は少ないと思った。 あまりに大きな言葉過ぎて、佳子にはしっくりこなかったが、実際に作業に入って、あの慌しさを表現するのにピッタリに思われた。 経験と言葉はやっぱり違った。 やっとの休憩で表へ出ると、頭上を大きな声を出して鳴く鳥が、やはり大きな羽音を立てて飛んでいった。 まおみの横顔を見ていると、急に心細くなった。 日が暮れて、一人で遠くへ来ているのだなと実感がわいてきたからだと思った。 仕事が終わり、着物から私服に着替える。 ガミや先輩の仲居さんたちが着替え終わるまで待って、まおみと佳子が帰りの支度を始める。 まおみは慣れっこのように、着物を脱ぎ、シースルーの襦袢姿になった。 襦袢を脱ぎながら、「すごい汗」と言って顔をしかめた。 それで、持参しているバッグのなかから、昔、プール用品を入れていたビニールバッグを取り出し、そのなかに襦袢を入れた。 「佳子ちゃんも何かビニールを持ってきて入れたほうがいいよ。汗かいたでしょ?」 と下着姿で訊いた。 まおみの背中は広く、深く積もった雪の山のような感じがした。 二の腕はお餅のように、ぺたぺたと揺れている。 「お風呂、入って行こうね」 と誘い、佳子に一枚のタオルをくれた。 何度も何度も洗って使い、布が薄くなっているタオル。触り心地はざらざらで、これもまた、昔、おばあちゃんの家で出されたものに似ていた。 旅館の名前がプリントされていた。 「佳子ちゃん、髪がそんなに長くないから一枚でいいかなと思ったけど、もう一枚いる?」 とまおみが訊いた。
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