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佳子は急に不安になった。
これから数日、まおみは仕事を休むだろう。
あんなに気が動転していて、元気になって戻れるのだろうか。
佳子はバタバタするなか、思わず旅館を飛び出した。
まおみが、何かひとことでも言ってくれたら、
「かならず戻るからね」とか、なんでも良かった。
佳子が目に入らなかったことがショックで、しかもまおみがいないあいだ、あと三週間近く一人で仕事ができる自信がなかった。
佳子は部屋に戻り、荷物をまとめた。
帰ろうと思った。
ふいにまおみの部屋を思い出す。
あの部屋はすっかりまおみの部屋だ。だから、まおみはあの部屋から出て行くことはしないと思う。
でも、いつ戻ってくるか佳子には分からない。
そのあいだ、一人でこの旅館で待っている自信がなかった。
駅まで、なんとなくこっちだろうという方向へ走った。
駅が見えた。
でも、そこには見慣れたあの軽と、番頭さんが待ち伏せていた。
旅館から佳子が逃げたと連絡が入ったのだろう。
番頭さんは「帰りたいなら帰ってもいいから、旅館で話をしてからにしよう」と言った。
佳子は助手席に乗り、旅館に戻った。
他の仲居さんがいない場所で、若女将と佳子は話をした。
まおみがいないと、続けられないと正直に打ち明けた。
ガミさんの意地悪、他の仲居さんのように動けないという劣等感、まおみがいない不安。
「東京の若いお嬢さんだものね。不安よね」
若女将は胸元より少し下の帯をいじりながら言った。
「この仕事はきついでしょうね。一生、ここでやっていくんだという意識がない子には、つらいわね。無理もないわ」
若女将は仕事を辞めて帰ることを了承してくれた。
でも、
「まおみちゃんは必ず戻るわよ。でも、待たなくていいのね?」
と、訊いた。
佳子はまおみのいない数日間すら、耐えることが出来ないと思った。
佳子はうなずいた。
来たときよりも荷物が多かった。
一ヶ月いるつもりで買ったお菓子や食材、さまざまなものが増えていた。
一つは列車の座席の網棚に、もう一つの荷物は足元へ置いた。
重い荷物と重い体、佳子は列車の座席にへたり込むように座った。
まおみに手紙も何も残さなかった。
窓を開けた。
飛び込むように風が吹き込んできた。
佳子はこの仕事をやりきれなかった。
まおみは、《不幸に見える子》から脱出する、と言っていた。
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