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カメレオン
僕の能力はカメレオン。
一度でも触れた者の姿を記憶し、いつでも変化することができる。
一番最初に触れたのは母だった。
母の胎内で、母に触れた。
僕を産んで死んだ母、母の姿を形どった僕。
産まれて初めて見た顔は、整いすぎた父のきしんだ顔だった。
赤子の僕を抱き上げて、父は高笑いをした。
☆
僕には父しかいなかった。
どんなに複雑な顔をされても。
それは、まだ僕が5歳の頃。
一緒にご飯を食べる。
いつも傍らで寝る。
初めはそれだけだったけど、次第に歪んでいった。
父さん、あなたの瞳には、僕の性別も、僕の姿も映ってない。
「……父さん」
「ん?」
僕は僕だよと伝えたくて、てとてと近づいていった。
そしたら、じっと見られて、ちょっとこわくて、後退った。
父は、僕を抱きしめてくれた。
そのぬくもりの嬉しさは一生忘れない。
だけど、だんだん父の体に熱を感じ、ちょっとこわくて上を向いた。
父の顔には、支配欲が刻まれていた。
僕は首をふって、両手で父を押し返した。
「……カナ?」
「違う」
「なにを言ってるんだ? カナ」
歪んだ笑顔を見ていたら、とても哀しくなった。
「僕はレオだよ……?」
父の目にはきっと、最初から僕は「カナ」で「母」だった。
父はずっと母を失くしたとは思ってないんだ。
初めて交わした口づけは、親愛とは呼べないものだった。
深くて、とても熱かった。
☆
それでも愛されたいなんて愚かなのだろうか?
(僕には父しかいないから……)
次第にエスカレートしてゆく触れ合い。
初めはとても嫌だった。
だけど、それしか愛される方法を知らなかった。
「父さん……」
「どうした? カナ」
僕はレオだよ。
何度言おうとしただろう。
初めは言っていたかもしれない。
もう記憶にはない。
「せめて、レオって呼んで……」
「……わかったよ。カナ」
わかってない。
わかってないよ。父さん。
言いたい。だけど、言えない。
何度正そうとしても、わずらわしそうな顔をされたから。
☆
18になった日の朝、ベッドで眠る父の隣で、僕は長かった髪を切った。
初めて自分の本当の姿になった。
適当に切ったから、やっぱりちょっと気になって、洗面所の鏡に、自分の姿を映した。
(軟弱そう)
それが第一印象。あまりに白くて、細くて、引っ叩けば、ポキンと折れてしまいそうな印象。
父から譲り受けたのは、死んでしまいそうな肌の白さ。
母から譲り受けたのは、流星色の瞳。
「カナ……? カナ? カナ!?」
寝室の方で気が狂ったように叫ぶ父。
(母さんはもういないんだよ)
☆
父に姿を見せるべきか悩んだ。
悩んでるうちに、洗面所のドアが開いた。
「!?」
振り返った、そこにあったのは、哀しみの色だった。
「……どうして」
哀しみは、絶望に塗りかえられた。
「僕は男だよ」
「違う」
「僕は僕なんだ」
「違う!」
一歩近づかれて、一歩後退る。
「……せっかく」
二歩近づかれて、ドンッと鏡にぶつかった。
逃げ場を失くして、父を見上げるしかなくなる。
ふたりの瞳は揺れている。
「せっかく我慢してたのに」
両手で頬を包まれて、額と額がコツンと触れた。
「俺は我慢してたんだ」
至近距離で見つめ合う。
父の息が口元にかかる。
「俺は、お前が欲しいんだ」
抱きすくめられて、目が潤む。
「僕なの? それとも……」
聞きたい。
聞きたくない。
聞きたい。
聞きたくない。
「好きなんだ。逃がさない」
☆
僕は油断していた。
母の姿の時は性別は女だったから。
寝間着のボタンが弾け飛んで、後のことは記憶にない。
ただ気がつけば、次の日の朝を迎えていた。
寝間着はビリビリのまま、その隙間から見えたのは、桜のような痕だった。
僕は泣いた。
ひとりで泣いた。
僕は愛されたかった。
だけど、こんな形じゃなかった。
ベッドの上で立ち上がろうとして、がくんと崩れ落ちた。
その時、寝室のドアが開いた。
「大丈夫か!? レオ」
だけど、嬉しかった。
(僕の名を呼んでくれた……)
そのことだけが救いだった。
「僕がわかるんだね」
すねた声でそう言うと、父はクシャリと顔を歪めた。
「最初からわかってたよ」
ドクンと大きく鼓動する。
「じゃあ!」
「……俺は女性を愛せないんだ」
だったら、なんでと言いたい。
なぜ、僕は生まれたのかと。
「だったら、僕なんて……」
僕なんていらない子供なんだろうと叫びたかった。
でも、あまりに優しく抱きしめるから、上擦った声しか出なかった。
「聞いてくれ。俺たちのこと」
☆
父は教えてくれた。
僕と父に血の繋がりはあるけど、ほんとの親子ではないことを。
父は、母さんの弟だってことを。
そして、僕には本当の父親がいることを。
その人はもうこの世界にいないことも。
「レオの父親と、俺は恋仲だったんだ。だけど、流行り病にかかって、亡くなってしまった」
僕はふと、首を傾げた。
「それは、つまり……?」
「カナは、俺が哀しまないように、流行り病になったアイツと結ばれたんだ」
僕は結局、身代わりなのだろう。
父の姉であるカナと、父の恋人だった人、僕の本当の父と。
「身代わりなんだね」
言うつもりはなかった。
「……レオ」
だけど、なじりたかった。
「淋しかったんでしょ! 僕も淋しかったよ! 他の誰かの身代わりで幸せにできると思ってるの!?」
「レオ……」
「幸せにしたいと思ったことがあるの!?」
涙が止まらないんだ。
わかってる。
僕は、僕を愛してほしいのだと。
だけど。
「僕は父さんの名前さえ知らないんだ!」
父は、はっとしたように震えた。
そして、ようやく僕を見た。
本当の僕に気づいたような瞳だった。
「俺は……カイだ」
☆
名前を教えてもらって嬉しかった。
だけど、色んなことが頭の中でぐるぐるした。
「カイって呼んでもいい?」
震えながらそう言うと、驚いたあとに笑った。
「……ああ、嬉しいよ」
☆
カイのしたことは許せなかった。
だけど、そのことを責めるつもりはなかった。
こわいくらい意識して、こわいくらい愛されたくて、ただそれだけで、迷子だっただけだから。
ほんとの僕を見てくれるなら、過去の全部を消せたんだ。
「それで……なんだが」
戸惑うような声を出されて、「ん?」と首を傾げる。
「キスしてもいいか……?」
改めて言われて、おかしかった。
「もっと凄いことしたじゃん」
途端、真っ赤になるカイが可愛かった。
「レオを恋人にしたいんだよ。誰の代わりでもなく、レオとして愛したいんだ」
嬉しかった。
だから、僕からちゅっと口づけた。
カイはめっちゃ驚いて、それから嬉しそうに返してきた。
「ありがとう。レオ」
☆
美味しいご飯を一緒に食べる。
手を繋ぎながら眠る。
朝になったら口づける。
深く深く……。
それが愛してるに繋がるなら。
end
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