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「美代ちゃん、泣いてるの?」
保志兄さんと並んで見る町。それは空襲で燃えたから赤いのか夕焼けで赤いのかは判別はつかない。ただ恐ろしいほどに赤かった。
「どうして戦争なんてするのだろう。外国にだって素晴らしいものは沢山あるのに。私の好きな花言葉も外国から来たものなのに」
友人は家族はどんどんと死んでいった。今日燃える町で仲が良かったものはすでにいない。知らぬ人ばかりが逃げ惑う。
「日本にだって素晴らしいものは沢山ある。本当はどっちも間違っているんだ」
「でも勝たなきゃ殺されてしまう」
「終わらなくても死んでしまうよ」
「保志兄さんはいいよ。戦地に行って死んでも英霊となって英雄の一人だもの。私のような小市民は名すら残らない。さらに私は女だ。保志兄さんのようには生きられない」
「でも……」
保志兄さんは呟きかけてから、口をつぐみ、足元に目をやる。そこにはたんぽぽがある。
「ねぇ美代ちゃん、たんぽぽの花言葉って何だった?」
「愛の神託・神託・真心の愛・別離……」
「そうだよね。別離は真心の愛なんだ。心寄せるから別れは辛い。大切な人の幸せを願って別れを選ぶ」
保志兄さんはそう呟いてたんぽぽを手に取り、それを私に手渡した。
「こうやって連れ出すのも今日が最後だ。明日には戦地に向かう。見送りには来ないでくれ」
微笑む保志兄さんの顔は夕焼けに照らされて真っ赤に染まる。そのくせに笑顔で優しい目をしてじっと私を見つめる。美しいとさえ思ってしまった。
「帰ってくるとは言わないのですか?」
「できない約束はしない」
「……卑怯です」
翌日、私は見送りには行かなかった。そして保志兄さんが帰ってくることは二度となかった。
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