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休憩中、読書を嗜もうとする城之内栄は、大学内の中庭に出た。
掌に乗る程の別世界は、大学と自宅の往復生活の中で唯一の栄の癒しであり、風呂に入るのと同じ様な悦楽がある。
「せんぱーい! 何かぁ、中学生が訪ねて来てますけどぉ?」
上の階から大声で叫ぶ後輩に、その中学生は中学生ではないだろう、と予感していた。
栄は溜息交じりに、広がり始めたばかりの別世界の扉を閉めるように、表紙を静かに閉じ立ち上がる。
草臥れた白いTシャツに短パン姿の篠上零一が、研究室の前で項垂れていた。
「篠上……」
「城之内、お前俺に借りがあるよな?」
「借り……」
「続きは歩きながら話す。ついて来い」
少々強引だが、栄は篠上が自分を訪ねて来るなんて思いもしなかったので、若干、ほんの若干だが、口の端に笑みが浮かぶ。
天才と名高い篠上芳春の孫である彼は、祖父に等しい知能を持っているが、年齢に対し体が著しく小さく顔も幼い。
栄が通う大学から一駅ほど離れた所で、錆びれた、もとい、歴史ある診療所をやっている。
「何でまた俺に?」
栄のその問いに、篠上は僅かに首を傾げ、こう答えた。
「社会人だから?」
栄は「何故、疑問符……」と呟きながらも、篠上に口で敵うわけがないことも重々承知しているので、黙って隣を歩いた。
「城之内、お前、最近話題の木乃伊を知ってるか?」
栄は木乃伊にも流行りがあるのか、と首を捻る。
しかし次の瞬間、思い当たる事があった。
「あぁ……あれか。後輩が騒いでたな」
後輩曰く、最近話題の木乃伊は、義賊を気取っているらしい。
その犯行は、予告され、一部始終ネットで公開処刑されているにも拘らず、木乃伊を擁護する人もいるという。
被害者は全て女性だが、絞殺と言う殺害方法以外、共通点はない。
一人目の被害者は三十代の主婦で、殺害された後に保護された子供は、酷い虐待を受けていた。
二人目の被害者は女子大生だったが、詐欺の受け子を勧誘するリクルートをやっていたらしい。
「三人目は、お前も知ってるだろ?」
美人キャスター殺害、と大きく報道されたのはつい先日の事だったが、俗世の事に疎い栄は、名前が出てこない。
「曽根崎亜弓。業界じゃいじめっ子で有名らしい」
「いじめっ子て……。前の二人に比べたら、何と言うか……」
「だが、そのいじめが原因で自殺者が出た」
虐待も、受け子の勧誘も、犯罪には違いない。
その点いじめは、犯罪として認識し辛いが、人の命が奪われている分、曽根崎のしたことが一番重く感じられる。
「罪の定義は、その人物の立ち位置による」
篠上はそう言って、辿り着いた“篠上診療所”の木戸を開ける。
週末でもないのにそこには“休診日”の木札が掛けられていた。
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