匂う魔女

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「それはね、工場だよ。被害者が社長をやっていた香水会社のね。被害者は、工場の作業員がきちんと働いているか、あるいは機械が正常に稼働しているかなどを、自らチェックしに行っていたんだろう。そして、工場内には当然、大量の香水を保存しておくための大釜があるはずだ。被害者はそこの点検中に、誤って釜の中へ落ちてしまったんだよ。不運なことに、その時そばに作業員はおらず、被害者が発見された時には、すでに冷たくなっていたというわけだ。作業員たちはすぐに警察を呼ぼうとしたのだろうが、その内のだれかがこう言った。『この事故が世間に知れ渡ったら俺たちの会社はどうなる』とね。人間が溺れ死んだ釜に入っていた香水なんて誰も買ってくれない。会社としては社長の死以上に深刻な問題だったのかもしれない。いや、きっとそうだったんだ。だからこそ、彼らはある計画を企てた」 そこまで話すと、刑事は完全に理解した様子で、後の言葉を引き継いだ。 「被害者が、自宅で死んだように見せかける……ということですね」 「その通り。幸運か悪運か、彼らの中には被害者の住所を知っている者がいたんだね。そいつを頼りに被害者をここへ運び込み、浴槽に水を張り、さも押しかけてきた何者かに溺死させられたように見せかけた。しかし、彼らはある重大なミスを犯してしまった。それは、被害者が溺れ死んだのは、香水の釜の中であるということ。そして、浴槽の水はただの水でしかない。司法解剖されれば、ここではない場所で死んだことがばれてしまう。焦った彼らは、この家にある香水を片っ端から浴槽に注いで、なんとかつじつまを合わせようとも考えた。だが香水にこと詳しい彼らは知っていた。ひと口に香水と言っても、その種類は数多あるということを。たとえ香水風呂を作れたとしても、その成分が被害者の胃の中のものと違っていては意味がない。そして、釜の中に入っていた一種類の香水だけで浴槽を満たすには、この家にある分だけではあまりにも少な過ぎた……。それでも何もしないよりはましだと、家中の棚を開けてその香水をかき集め、浴槽の水に溶かした。これが、君が教えてくれた微かに匂う水の正体だ」
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