アネモネ

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アネモネ

 体温計を掲げ、溜め息を吐く。元々虚弱体質だと言えばそうだが、今回の風邪は少し厄介そうだ。  スマホが光る。三日ぶりの受信だ。持ち変えて見ると、香澄の名前があった。  正直なことを言おう。この三日、結構心待ちにしていた。  開くと、白色の花が見えた。丸めのシルエットが可愛い花だ。いつもながら、写真家の如く上手に撮影されている。   "名前はアネモネ。赤色や紫もあるけど、今日は白いものを。花言葉は『真実』。他のもまた送るね!"  "あ、体調はどう? 復帰したら勉強教えられるよう私も頑張る!"    メッセージを読み、場面を想像する。休み時間、隣で勉強を教わる光景だ。  小学校でも中学校でも、日常的におこなっていた。だが、入学直後は特に、恋人だのなんだのと持て囃されたものだ。  その時、香澄は恥ずかしそうに堪えていた。しかし、休みがちな俺が授業についてゆける方を優先し、続けてくれていた。  恋人疑惑は時の経過と共に消えたが、今やればまた誤解されそうな気がする。  文からは肯定の色すらみえるが、それも優しさゆえだろう。  もしかすると、"真実"とメッセージは繋がっているのかもしれない。本当は断って欲しい、みたいな。  少し考え、いつもの乗りを装って返事した。 "体はぼちぼち 勉強はまぁ自分で頑張るわ"    スマホを置く。有言実行すべく、重い腰を上げた。机上に積まれた教科書を取る。  捲ってみたが、やはり相当手強そうだ。頼らざるを得ないと感じるほどには。  しかし、高校生にもなって異性が教えあうなど、恋人だと示すようなものだろう。例え本人に気がなくとも、風潮が唯の仲良しを許さない。世の中そんなもんだ。  スマホが鳴った。"そっか、頑張ってね!"との返事が来ていた。複雑な心境からの、小さな溜め息が溢れる。    日常が移り変わるのは世の常だ。今互いに知らないことも増えたし、他愛ない話の頻度だって減った。  それぞれが成長し、環境も変化していく。それでいて変わらない方が可笑しいのだから。
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