3人が本棚に入れています
本棚に追加
虹の花
とある森の、小さな池のそばに、美しい魔女が住んでいます。
キノコの形をした家に、数匹のアヒルたちと静かに暮らしていました。そんな彼女のもとには、時折、大事なものを失くした者たちが相談に訪れます。
森全体が深く濃い霧にすっぽりと包まれた、そんな日のことでした。
「まあまあ、まっしろで何も見えないこと」
丸い窓から外を眺めて、魔女は肩をすくめました。
いつもならこの窓からは、瑠璃色の水をたたえた睡蓮の浮かぶ池が見え、家族のアヒルたちが悠々と泳いでいるのですが。
ここ数日、ずっと霧が立ち込めて、木々の緑も水の青も、全てが白で塗りつぶされているのです。
「それにしても、不思議な霧ねえ──まるで、なにもかも呑みこんでしまうような、底しれない霧。外を出歩くのは危険ね」
そんなわけで、アヒルたちもしばらくは、キノコの家の中でのんびりしています。
長い巻き毛の赤い髪をゆらしながら、魔女も気楽に掃除を始めました。小花柄のワンピースの上に、お気に入りのエプロンをつけます。
部屋に飾られた、西洋の女神像や東洋の花瓶の埃を落とします。皮張りの本や巻物を片づけ、箒で床を掃きます。
仕上げに、瑠璃色の睡蓮の池に暮らす錦鯉を描いた水彩画を、金色の額縁に入れて壁に飾りました。
さて、ひと通り掃除が終わり、ロッキングチェアで好きな作家の本を読もうとしたときです。
誰かが家の扉を、ささやかにノックしました。
「はいはい、どなた?」
魔女は、緑のペンキで塗ったドアを開きましたが、誰もいません。
はて、と首をかしげていると、
「あの……ここです」
下のほうから、気の弱そうな、優しい声が聞こえます。
最初のコメントを投稿しよう!