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『食べる』という行為は生物の一番の弱点だ。
生きていく上でどうしても必要なものだし、なにより"食事中"は無防備にならざるを得ない。一定のリスクと共に栄養を取り込み、自らの内をさらけ出す、肉欲的で醜悪な行為だ。
何かを食べている間は意思の疎通が難しい。それは口の上手さが仕事を左右するイカサマ師も例外では無いのだが──
「レヴィ、またそれか。」
ブランド物の白スーツからスラリと伸びる足を優雅に組み、特注の革張りソファーに身体を預けるとびきりに顔のいい色男に、ディランは呆れた声で話しかける。
形のいい顔が歪むのも構わず大口で頬張っているのは、男には似つかわしくないチーズバーガーだった。ピアニストのように長い指をバンズからはみ出たケチャップが汚す。
「腹が減ってたから。」
レヴィはディランの飲みかけのミネラルウォーターでバーガーを流し込んで答える。「仕方ないだろ。」と悪びれる様子もなく指に付いたケチャップを舐めとった。
「言ってくれれば作るんだが?」
ディランはグラスにミネラルウォーターを注ぎながらため息を吐く。もう大して若くないくせに、油っこくて味の濃い物ばかり好んで食べる──そこまで考えて、ディランはふと覚えた違和感を口にした。
「それだけでいいのか?」
いつもならバーガーの後にやたら塩辛いポテトが付いているはずが、今日は見当たらない。そう言えばLサイズのコークも無いではないか。
「気分じゃない。」
レヴィは肩を竦めて、残りのバーガーにかぶりつく。
その様子を眺めながらディランはさらに疑問を持った。"気分じゃない"?腹が減ってなくともバーガーとポテトをコークで流し込むこいつが?見ているこっちが胸焼けする程のジャンクフード中毒が気分だけで動くとは考えられなかった。ディランは思考を巡らせ、1つの可能性に辿り着いた。
気付かれないようにニヤリと笑うと、丁度食べ終わったらしいレヴィに近づく。丸めたチーズバーガーの包みを器用にゴミ箱にシュートしたレヴィは、急にキスを仕掛けてきた恋人に驚いて身を引いた。
「おい、気分じゃない。」
ディランは顔を逸らすレヴィの顎を掴んで自分の方へ引き寄せる。
「俺はそういう気分なんだ。」
逃げられないように、組んでいた足を下ろさせてその上に体重をかける。
「食ったばっかだからやだ!」
「いつもは俺のを咥えた後でもキスしてくるくせに。」
「やめろって…!くそっ…うぁ、んっんんっ…!」
肩を押し返して拒否するレヴィを無視して文句を言い続ける口を塞ぐ。閉じかけた唇に舌を滑り込ませると、レヴィの身体から力が抜けた一瞬を見逃さず深く舌を絡めて目的の場所を探す。口腔を舐めるように舌を這わせていけば、左頬の上奥、丁度奥歯が触れる辺りでレヴィの身体がビクリと跳ねた。
「やっぱりな、普段塩分の多いものばかり食うからだ。」
抵抗される前にレヴィの腕を抑え込み、ディランは悪戯っぽい笑みを浮かべてキスを再開した。
「んっ…ふ、ぁ……やめ…!でぃ、ら…ひぅ…っ、ひっ!ん〜〜っ!!」
ディランに口内炎を刺激され、あまりの痛さに涙を零すレヴィだが抵抗しようにも身体に力が入らない。ディランが上に乗っているため逃げ出せないどころか、キスで熱をもった陰部をスラックス越しに揺さぶられ痛みと快楽で頭が回らなくなる。
レヴィの涙に自身の腰も重くしながら、互いに絡む唾液にほのかな鉄味を感じたところでディランは唇を離した。
「…っ……はぁ…、これに懲りたらジャンクフードは控えるんだな。」
まだ息の荒いレヴィに満足気な笑みを浮かべるディランだったが、この後機嫌を損ねたレヴィから悪化した口内炎が治るまでの3週間、キスとついでにセックスを禁止されたのは言うまでもない。
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