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パンとすし
計画は完璧なはずだった。
まずはスシロー前に7時半集合と伝える。
ここでクレームが入る。
「7時半じゃ遅いわよ。あたし達いつも6時にご飯なのよ。もう少し早くできないの?」
「じゃあ7時でいいよ」
しかし親という生き物は、大抵約束の時間より早く来たがるものだ。
案の定、当日にこんな連絡が来た。
「6時半には着きそうなんだけど」
「わかったよ。俺も6時半には行くよ」
ここまでくれば、もう勝ったも同然である。
夜6時半のスシローは激しく寿司を求める人達でごった返している、1日の中でも最も忙しい時間帯なのだ。
そんなわけで俺達は親子でテーブルが空くのを待つ。この時点で六月(むつき)はまだ登場していない。
7時過ぎ、ようやく着席する。
緑茶の粉は湯飲み茶わんに何杯入れるのが正しいのか?などと話している間に、しれっと六月が現れる。
お腹が空いているので適当に挨拶して食べ始める。
母さんは太陽光発電の話をする。
父さんはもそもそと大学芋かなんかを食べる。
俺は六月に被害が及ばないように、適当にお茶を濁す。
六月は回る寿司を見つめる。
母さんは尚も太陽光発電の話をする。
父さんはもそもそとフライドポテトなんかを食べる。
俺はまた適当にお茶を濁す。
六月は回る寿司を見つめ続ける。
完璧だったはずなのに。
六月は現れなかったのだ。
「まあ、いいんだけどね」
スシローの駐車場でちっとも良くなさそうに母さんが言った。
「たまにはご飯でもと思ったのにね」
「うん」
「仕事なら仕方ないけど」
「うん」
なんとなく『ごめん』とは言わなかった。言えなかった。
そもそも強引に誘ったのは母さんじゃないか。
そして約束通りに来なかったのは六月じゃないか。
俺は悪くないぞ。
そんな事を考えてる時点で自分が1番悪いという自覚はあった。
「じゃあ帰るよ」
父さんがそういうと母さんも車に乗り込んだ。
それから窓を開けて俺を恨めしそうに見つめた。
「あのね太陽光発電の…」
その言葉をかき消すように父さんはアクセルを踏んでスシロー の駐車場から走り去った。
ありがとう父さん。
それにしても六月はどうしたんだろう。
俺は六月が送ってきたメッセージを読み返した。
『急な締め切りで遅くなる』
育休明けで時短勤務の道端さんがそそくさと帰り支度を始めた。
ありがたい。
時短勤務の人が速やかに帰ってくれれば、こちらも定時で帰りやすい。
会社で無駄にだらだらするのはあまり好きじゃない。
たまにはいいけど。
「今週もお疲れ様」
堀米さんが優しく言った。
その瞬間、電話が鳴った。
イヤな予感がした。
道端さんも同じみたいで俺たちは視線を合わせた。
「はい、はい。なるほど」
なんだかイヤな予感。
「お先に失礼します」
道端さんは本能的に素早く会社を後にした。
流石だ。
クール&ドライじゃないと生きていけないこともある。
タフでなくては生きていけないと言ってた人もいたし。
「みんな、今日残業大丈夫?」
そんな事を考えてる間に、電話を終えた堀米さんが尋ねてきた。
「何かあったんですか?」
「中丸パンさんが、明日急遽イベントを開くことになったから、今日中にHPに載せて欲しいって」
中丸パンは町中にある、昔ながらのパン屋さんだ。
クリームパンとかコッペパンとか焼きそばパンとか、茶色っぽいパンが多い懐かしい店。
決して石窯クロワッサンとか、3種のチーズピザとか、プチ明太フランスとかは無い。
その内流行に淘汰されそうな店だったのに、思わぬ幸運で繁盛店に早変わりした。
それは某人気アーティストと同じ名前だったからである。
この町から電車で5駅都会に登ると、割と大きなライブ会場があってそこでくだんの某人気アーティストがライブをした時に、同じ名前という事で親しみを感じたファンがわざわざパンを買いに来てSNSに載せてくれたのだ。
それが結構話題になった。
そしてなんとテレビの取材が来た。
相乗効果でまた某アーティストのファンが買いに来た。
地元でも話題になった。
地元の人も買いに来た。
棚ぼたである。
中丸パンさんは某アーティストとその優しきファンに足を向けて寝られないだろう。
そんなことはともかくなぜ急にイベント?
「来月放送予定だった情報番組が急に今日放送になっちゃったんだって。だからイベントを繰り上げてやるらしい」
なるほど確かにテレビの影響は大きい。
「今から急いでやらなきゃね」
のんびりしたうちの会社で残業は珍しい。一応三月にも連絡をしておいた。
『急な締め切りで遅くなる』
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