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この桜の木が、葉桜になった頃。
僕は──
この写真を見ながら彼女の事を思い出す。
不意打ちをくらった、小動物みたいな君の顔。
「あっ……」って、声にはならず、バラのつぼみが少しだけ、ツンと開いたような唇と、見開いて覗く、まあるい瞳。
君の視線にピントが合って……その瞬間を切り取った。あの写真。
鏡に向かって真面目ぶって、まっすぐ見据えてる僕なんか、被写体に相応しくないみたいだ。
目を閉じると、この桜の木が満開だった頃のことをよく思い出すんだ。
あの写真に写る君は、綺麗なんだ。
瞳の中に僕を捉えて、何処か儚げで優しげで、奇跡的に撮れた一枚なんじゃないかなって、思ってしまった。僕を除いてだけれども。
いつも君に見蕩れていた。
心を奪われがちで、つい、目で追いかけてしまうんだけど、目を合わせると恥ずかしくなって逸らしてしまう。
止まったままの君の表情と、真剣な僕の顔が隣り合う。
あの君の瞳に吸い込まれそうで、世界を忘れてしまうんだ。
そして──このままずっと永遠に、この中に居られたらと、考える。
どんなに幸せだろうか……と。
深夜でもこの道は、トラックの往来だけは途切れない。何度でも機会は回ってくる。タイミングを見計らって飛び込めば、きっと向こうへ行けると思うんだ。
トラックの運転手には、申し訳ないけれど……
アスファルトを揺らし、眩しい光がものすごい勢いで迫ってくる。
ごうごうと音をたてて近づいてくるトラックに──今!
飛び込む瞬間だってわかっていても、足がすくみ膝が笑って、手で抑えても震えが止まらない。
動けない。
あの巨大なタイヤの下敷きになって骨がバキバキ潰される僕を、想像してしまう。
手に汗を握りながら俯いて、自分の足を叩いた。
遠ざかっていくトラック。
排気ガスの臭いを嗅ぎながら、恨めしく見送る。
もうこれで四回目だった。
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