十五章 富士山

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「俺の知ってる山崎愛海は、周りがどんな評価だろうが、負けん気でなんとかするような奴。評価がマイナスだろうが、プラスだろうが、揺るがねぇ」 「……」 「残り3ヶ月だろ? それまで黄金の勝利だけ見とけ。支店長業務も全部は無理だけど、元々俺の仕事なんだから、いっぱいいっぱいになるなら投げてこい。慣れてきたから、多分……大丈夫」 「……多分なんですね」 愛海はそう呟くと苦笑した。心なしか、さっきより表情は柔らかい。 はっきり大丈夫だと言えねぇところが痛いところだ。情けねぇ。 「あと、マジで休め。ガソリンなくなった車は、たとえ暴走車でも走らねぇよ」 「暴走車……。酷い言い様ですね」 そんなことを言いながら、愛海は少しスッキリした表情だった。 「有難う。おかげで肩の力抜けた」 「おう」 キリが良いところで、美海が髪の毛を濡らしたまま、パジャマを着て戻ってきた。タオルで拭きながら、入ってくるこいつはおっさんみてぇだな。 「お母さん、元気になったー?」 「いや、いくらお母さんでも無理だろ。今日はお父さんがドライヤーで乾かしてやる」 「はーい」 愛海は立ち上がると、薬を飲んだ。 「明日、美海は実家に頼むから、ゆっくり寝ておけよ」 「ありがとう。おやすみ」 愛海は少しふらつきながら、部屋に戻った。 俺は、美海を自分の前に座らせてドライヤーで乾かし始めた。 「大丈夫かなー」 「明日一日休めば、元に戻ってんじゃね?」 こういう子供の感受性豊かなところに、きゅんとする。 「お母さんが元気になったら、幼稚園のこと沢山話してやれ」 「うん」 「今日は何したんだ?」 「運動会のねー、練習」 あ、そうか。10月2週目に運動会だっけか。 去年は俺も愛海も、盗作騒ぎで死にそうになってたところで、めちゃくちゃ癒されたもんな。娘が頑張る姿を見て、俺も頑張らねぇとな、と思った。 愛海も同じだと思う。 今年は、支店長と副支店長がいねぇ状態になる。俺は、午前中に行くか? できれば1日空けてぇけど、エリア長の件もあるしな……。こういうとき、土曜日休みじゃねぇ父親はきついよな。 まあ、愛海が土曜日休みで良かったけどよ。共働きで2人とも厳しい家は、子どもが可哀想になる。 いや、にしても、俺、マジで1日父親やっていたい。 調整できねぇか考えるか。長坂さんも子どもいるから、そういうときどうしてるか聞いてみんのも手だな。 「運動会は何踊んの?」 そういや、最近、愛海が運動会の衣装がどうたらとか言ってたな。 「カラフルなピーマンのうたー」 「お前、そのタイトルで覚えてねぇよな?」 そう言ったら、美海は笑いながら鼻で歌い始めた。綺麗な声なのに、絶妙に音を外してて笑いそうになる。 今年はどこの幼稚園、保育園も、同じ曲でダンスすんだろうな。 あー……ぜってぇ可愛いじゃん。いや、もうなんとかして、1日空けよ。ぶっちゃけ、仕事より娘の活躍見てぇ。樋口さんもいるし、間宮もだいぶ整ってきたし、去年より安定してるからな。大丈夫だろ。 密かに決意しつつ、髪の毛が乾いたところで、美海を寝かしつけた。
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