序章 美

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「じゃ、副支店長頼んだ」 「はい」 倉内さんは、ヒラヒラと手を振り、自分の席に戻るとカタカタとパソコンを弄り始めた。 「まずは印刷とコピーね。割と結構使うし、みんな新人に頼る癖があるから、覚えてもらうと助かる」 守谷さんはまず原紙の出し方から、コピーしてからまとめ方を教えてくれた。守谷さんの教え方は至極丁寧で、何もわからない私としても非常に助かる。 育成係がこの人で有り難い。 「上手いね」 「そうですか?」 「僕が新卒の時は、上手くいかなくて何度もやらされた。というか、苦手だったんだ。こういう事務作業」 「へぇ」 だから、丁寧に教えてくれるのか。 妙に納得した。 「あいつがクソうるさかっただけだろ」 「そんなことないですよ。当時、大変だったのに、根気強く手伝っていただいたんで」 「……お前が新卒ってことは……、ああ、あのときか」 会話に入ってくるわりにこちらを見ない倉内さんは器用だな。守谷さんの新卒の頃を知ってるのか。 道理でこの二人、仲良いはずだ。 「あのときってなんですか?」 「僕が新卒の時に、育成係は山崎さんだったんだよ。当時2年目のね」 「2年目で育成係ってできるんですか?」 「バイトをしていればわかるが、あいつ新卒からデビューだったから、まあ、普通ねぇわな。ちなみに、俺は2年目で上野支店の支店長と2人で山崎を教えてた」 頭のなかで整理をする。 つまり、倉内さんは山崎さんの先輩であり夫で、守谷さんは山崎さんの後輩ってこと? すごい繋がりだな。 「当時の山崎さん、大変だったんですか?」 「大変も何も、まともに仕事やらせてもらってなかったよ。新卒の僕から見ても」 「?」 「当時のArtsUtopiaって、まだ会社の中身は微妙なところがあって、男尊女卑が激しかったんだよ。セクハラとかパワハラとか、若い社員が苦しめられていることってしょっちゅうだったらしい。山崎さんは、仕事ができるのに雑用と僕の育成のみしかやらせてもらってなかった」 「そんなことあるんですか?」 「今は、ほとんどねぇよ。あったら、すぐ問題にされる」 守谷さんも倉内さんも大変なときを過ごしたんだろうな。だって、その当時若かったよね? まだ倉内さんも32だし。
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