珈琲奇譚 短編/完結

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 ……待ち合わせまでの暇つぶしのはずだった。 しかしここにいると……なぜ妻の所へ行くのを戸惑ってしまうのだろう? 店内を見渡すと、何組かのカップルと思しき男女が目に止まった。 あの端の席、私もあそこで彼らと同じように青春時代を桜花していた。 当時の私には苦かったブレンドを、彼女の前で見栄を張って飲んだっけ。  本当にここは何も変わらない。 涼しげな音を鳴らすドアの鐘も、センスの良いジャズも、寡黙なマスターの横顔も。 変わったのは……私だけか。  人間は時として、理解不能な行動に出る事がある。 私は冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、なんともう一杯、ブレンドを注文した。  「ブルルルルルルルルルルルル!」  挽きたての豆が香るブレンドがテーブルに到着した頃、案の定、携帯が起こす地震でテーブルが震えた。  「……もしもし、あれから20分以上経つわ、一体どうしたの?」  妻の声は心配と同時に、怒気を含んでいた。  「あの女性(ひと)とは、もう…離別れたんでしょ? あの子のためにも、今しかやり直せるチャンスは無いのよ」  「……ああ、もう少し、……もう少し待ってくれないか」  妻は何か言って電話を切った。 多分、次が最後とか、そんな内容だったと思う。
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