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珈琲奇譚 短編/完結
テーブルのコーヒーは、いつの間にか静かになっていた。
ここは学生時代から馴染みの喫茶店。
都会の慌ただしさの中で、ここだけは静かで異質な時間が流れているように思える。
マスターの淹れるブレンドは、私をほろ苦い青春時代にタイムスリップさせてくれる。
いつまでたっても、ここに足が向いてしまうわけだ。
腕時計を見るまでもない。湯気の無いコーヒーが経過した時間を物語っている。
「ブルルルルルルルルル」
洒落たアシッドジャズのBGMをかき消すような振動音、私の携帯電話である。
着信表示を見た瞬間、ブレンドによるタイムスリップは解けてしまった。
「もしもし、あなた。まだ来れないの? まさか急に仕事が入ったとか?」
妻はやはり不機嫌だ。そりゃそうだ。30分以上も待たせているのだから。
「ああ、いや、仕事じゃないんだが……もう少しかかりそうなんだ」
「……そう、あの子…、やっとあなたに会う気になったのよ。
今ならまだ間に合うから……早くちゃんと話をしましょう」
「わかった、用が終わり次第行くよ」
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