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~ALIEN~ 短編/完結
「できましたら、もうこちらには来ないでもらえますか」
初美の前で、軽く頭を下げながら、カクカクとした敬語で喋る老婆。
数ヶ月前、たった数ヶ月前まで、この老婆は初美の「家族」だった。
最後に「家族」として接したのが、夜冷えないように上着を小脇に抱えていた記憶から察するに、
4ヶ月ほど前、5月の初旬だっただろうか。
「あの、もうあの子に会わせてくれと言うつもりはないんです。
ただわたし、これだけをどうしても」
初美が老婆に差し出したのは、薄いピンク色の封筒だった。
スーパーの文具売り場で買った熨斗袋用で、缶ジュース数本分の値段がした。
「こうしてわざわざ持ってきてくれなくても、
銀行振り込みとか、色々方法があるんじゃありません?」
あからさまに流暢な敬語が、まだそれに慣れない事を物語っている。
「それ以前にですよ、こんなお金頂かなくても、あの子はわたしと洋介で十分育てて参りますので。
他に御用が無ければこれで」
「あ、待って下さい」
本当は玄関を蹴り上げて老婆を怒鳴りつけてやりたかった。
老婆が発する丁寧な丁寧語に、初美は冷たさと嫌味さを感じていたからだ。
しかし、自らの立場を考えれば、この場で感情に身を任せる事に何の意味があるだろうか。
自制心、初美がここ数ヶ月で身につけたものである。
「……わかりました、でしたら今日はこれで」
初美は意味も無く庭の植木を見ながら、門扉のほうへと踵をかえした。
門扉の取っ手はやけに重く、不快な音を午後の住宅街に響かせた。
「あの、最後に一つだけ」
「なんでしょうか」
門扉を閉めている初美と正面から目が合う。
初美が背を向けた時に玄関を閉めていればよかった、老婆はそう思いながら、面倒くさそうな顔をした。
「あの子は、元気ですか?」
「はい、おかげ様でそれはとても。
できれば、先ほどの挨拶から『今日は』を除いて頂ければ、あの子はもっと元気になりますよ」
真夏の午後の木漏れ日が影をおとし、初美と老婆が立つ玄関との間に、黒い境界線を刻み付けていた。
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