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ビールはすっかりお湯と化していた。
温かいビールを飲む趣向のある人が居れば、喜んで寄贈するところだが、
どうやらそんな人物は見当たらないので、クズ籠に向かう事にした。
初美は斜め向こうにある砂場を眺め見た。
炎天下の日差しに焼けた砂を触る子供、
「幸」という象形文字の元になったような笑みをたたえた母親。
「親子……か。わたしにも、ほんの少し前まで」
洋介の事は愛していた。性格には「恋していた」のかもしれない。
しかし、エイリアンの事は愛せなかった。
吐くほど気持ちの悪かった嬰児は、やけに豪華な産婦人科の夕食を数える間に大きくなり、
どう見ても自分の知っている「赤ん坊」の姿になっていった。
そして、とうとうそれは自宅にまでやってきた。
初美にとって、それは邪魔という2文字以外の何者でもなかった。
3歳になった赤ん坊には、無垢な白い肌に青痣やねずみ腫れが刻み付けられていった。
児童相談所が調査した際、初美の怒声を聞いていた隣人の証言はこうだった。
「何であんたなんかが居るのよ」
「あんたさえいなければ」
「何であいつは避妊しなかったのよ」
それは赤ん坊に向けられた言葉では無かった。
快楽を貪り、理想像の幸せを求め、その結果、訳も解らず出現したエイリアンのような我が子。
理解不能な現状に対する怒りを、目の前のエイリアンにぶちまけているだけだった。
その怒りは、醜悪なヘドロの様にどす黒く渦巻いていた。
初美がようやく、起きている事実を把握できた時、
それは洋介と義理の母によって、初美と子供を隔離した後であった。
ドラマでしか見たことの無い離婚届けが郵送されてきたのは、そのすぐ後の事だった。
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