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凶悪な西日は影を潜め、斜陽を迎えた街並みがオレンジに輝いている。
今だったらビールは温くならないかもしれない。
少し損をした気分になった初美は、山麓に半身を隠した太陽を恨めしそうに眺めた。
~「先ほどの挨拶から『今日は』を除けて頂ければ、あの子はもっと元気になりますよ」~
義理の母が口にした最後通告が、初美の脳内をぐるぐると駆け巡っていた。
「わたしは、寂しがっている……?
あの子が邪魔で邪魔で、仕方なかったはずなのに」
余裕など微塵も無い給料から、どうして毎月仕送りなんか……。
罪償いのため? それとも、わたしがあの子の親で、あの子がわたしの子だという事が、
やっと、やっと理解できたからだろうか?
「あの子は、わたしが産んだ……、
わたしが望んだ、わたしだけの…たった一人の子」
うつむいた初美の横を、スーパーの袋をぶら下げた若い母親と女の子が通り過ぎていった。
初美は顔を上げなかった。顔を上げても、涙で前が見えなくなっていたから。
夏の夕刻、ひぐらしが鳴き叫ぶ街路の片隅で、初美は初めて母親になった。
それは、全てを失った後の事だった。
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