夏を閉じ込めた琥珀 短編/完結

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

夏を閉じ込めた琥珀 短編/完結

「俺、結婚するから」  ひぐらし達がどんなに大合唱を奏でても、私の頭ではその言葉が響いていた。 どこまでも高い夏の青空の下で、私の顔は曇っている。 懐かしいこの場所で、草の匂いがする空気を吸い込むと、余計に切なくなっていく。  これが私の、17歳の夏休み。  ―*―*―*―*―  親戚が勢ぞろいした朝食の席で、私の初恋は終わった。  「あんたもさ、良い人いないの?」  叔母さんの何気ない問いかけに、お兄さんはご飯を口にほおばったまま答えた。  「俺、結婚するから」  この部屋はクーラーなんてなくても、縁側から吹いてくる緑色のそよ風や、 それを運んでくれる扇風機があればとても涼しい。 でも、そんな部屋が一気に暑くなるくらい、みんなは盛り上がった。 お兄さんの突然の報告に、みんな一様に喜びやお祝いの言葉を交わしていた。  私だけ、ご飯の味がしなくなった。  お兄さんは、私にとって「夏の人」だった。 夏休みのお盆にだけ、輝く太陽の下で逢える人。  いつから好きになったのかなんて覚えていない。  じりじりとした日差しが照りつける日、何度も一緒に歩いた川沿いの小道。 川に入ると、足元だけ信じられないくらい冷たかった。 皆からは川には入るなと言われていたのに、私がねだるとお兄さんは一緒に入ってくれた。 帰って怒られるのも一緒だった。  お祭りの日、手を繋いで歩いた縁日の夜。 ドキドキする帰り道、月明かりの下で笑いかけてくれるお兄さんは、誰よりも素敵で。  「親戚同士って結婚できるの?」  友達に真剣な顔で尋ねる私。  吸い込むと胸が熱くなる夏の空気、すぐに目を逸らしてしまうほどに輝く太陽、 草木の匂い、蝉の鳴き声……。 それらを思い出すだけで、胸が苦しくなった。  初恋。  分かってるよ。 お兄さんには、お兄さんの生活があるし、私なんて、ただの妹だって事も分かってる。  私にとってこの場所は、お兄さんそのものだった。 お兄さんの思い出に存在する風景、それだけでしかなかった。 それなのに、そよぐ風は、とても優しい。  私が恋していたのは、お兄さんなの?……それとも?  私の中の……「夏の人」?  ―*―*―*―*―  この季節が来るたびに、私は何度でも甘酸っぱい記憶を思い出すだろう。 私が本当に恋していたものが分かるのは、私がもっと大人になってからなのかもしれない。  お兄さんから届いた 結婚を知らせる手紙。  私は封を開ける事なく、琥珀色をした机の引き出しに、そっとしまった。  まだこんな時間なのに夕焼けが出ていた。季節は夏から秋へと変わる  私も、あの人も、季節と共に毎日を歩いていくだけ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!