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木の芽時、緑色をした空気がを宙を舞っているような新芽の匂い。
祐二にとって、この匂いは最後通告だった。
ここまでで形成された人間関係は、蒸し暑い雨の振る頃には既成事実と化してしまう。
祐二は空けていた部屋の窓を閉め、乱暴にカーテンを引いた。
そして青い表紙のB4ノートを取り出し、机のスポットライトを点けた。
1.「サメ」の中で二人ほどと交友を持ち、休み時間自由に歩けるようになる事
2.普通に話せる女子をつくる事
3.弱いヤツを見つけ、「サメ」の連中と混じりイジメてやる事
最初のページに大きな文字で書かれたその目標は、現在一つとして達成の見込みすらない。
遠目で見ると灰色の紙であると錯覚するほど、おびただしい文字が刻み付けられた日記帳。
祐二は白いページに、今日も感情を殴りつけていく。
先生よ、俺を指さないでくれ。俺が立って答えると薄ら笑いが聞こえる事知ってんだろう。
下駄箱へ近道しようとしたら女子連中が路肩にたまっていた。
俺は遠回りをした。みんなどうして自由に歩けるんだ?。
明日から上靴は持って帰ろう。もう売店で買うのは嫌だ。
磨耗されるシャープペンシルと共に、祐二の激情が黒く刻み付けられていく。
書いて書いて、書けば書くほど、祐二は不変という泥沼のような深みにはまっていった。
いつの間にか降り出した雨が、静かなスタッカートのリズムで窓を叩き始めた。
点けたままのテレビから、「もう間も無く梅雨入りですね」とやけに陽気な声が聞こえた。
もう手遅れだ。もう全て手遅れなのだ。
緑色をした桜並木は温かい雨で濡れている。
春はもう、終わってしまった。
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