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朝比奈千咲、僕が最初にフルネームを覚えた女の子の名前だ。
千咲は隣の家に住んでいいて、同じ小学校の同級生だった。
この近所には同級生は僕と千咲しかいないので、幼稚園の頃からずっと顔を突き合わせている。
「私、いつかダンスグループでメジャーデビューする!」
幼稚園の頃から、千咲はそう言っていた。
「メジャーデビュー」というものが何のことなのか、僕にはわからなかった。当時の僕は戦隊モノを楽しむ幼稚園児だった。
千咲がそんなことを言いただしたのは、テレビで観たガールズダンスグループmagic materialに心を奪われてかららしい。当時幼稚園の女子はみんな美少女キャラが変身するアニメに夢中だったのに、千咲一人だけが、お遊戯部屋で鏡に向かって踊っていた。
小学生になると、千咲は電車に三十分も乗ってダンススタジオに通うようになった。レッスンは週に二回だが、レッスンのない日も一人で練習をしていた。クラスの女子と遊ぶよりもダンスが楽しくて仕方なかったらしい。
小学生になって与えられた二階にある僕の部屋からは、彼女が踊る姿が見えた。
ウッドデッキに立つ彼女は窓に自分を映し、長い髪を振り乱しながら踊っていた。そばに置かれたmagic materialやいろんなガールズダンスグループの曲が毎日のように僕の部屋にも聴こえた。
ダンススタジオの中でもあっという間に頭角を現し、発表会にも出るというので僕は何度か連れていかれた。
ダンスになど興味のない僕は嫌々観に行ったのだが、小さなステージで踊る千咲には圧倒された。全く詳しくない僕でも彼女は輝いて見えた。
「私、すごいでしょ!?」
発表終わりに額に汗を浮かべたまま自画自賛する千咲に僕はただただ素直に頷いた。
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