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都会から離れていてもIT業界というものは仕事ができるらしく、須崎や前の仕事の仲間が時折、仕事を回してくれた。僕は在宅のまま簡単なアプリ作成やツールを作ったり、様々なシステムの要件やアーキテクチャー設計に参画している。
決して高い単価とは言えないが食っていく分には何も問題はない。幸いなことに大きなクレームが出たこともない。
打ち合わせはインターネットを通じてやりとりをしている。
「なんか表情が落ち着いたね」
ディスプレイの向こうの須崎が言った。
「そうかな?」
「うん。やっぱり高瀬は田舎の暮らしが合っているのかもね」
そう言われて僕は笑うところなのかを悩んだ。
*
その翌年の春のことだった。
僕はいつものように窓際でコーヒーを飲み、パソコンに向かっていた。
ふと隣のウッドデッキに動くものが見えた。
桜の花びらが舞う中で、何かが動いた。猫や鳥などではない。人だった。堂々と不法侵入してくる奴などいるのかと僕は窓に額をつけて階下を覗き込む。
空き家だと思って誰かが忍び込んだのだろうか。しかし、こんな真っ昼間に?
ウッドデッキに忍び込んだ人物は華奢な後ろ姿をしていた。どうやら女性らしい。長い髪を首の後ろで一つ結びにしていた。
まさか、と僕は自分の鼓動が早まっていくのを感じながらその後ろ姿を見ていた。
その人物は薄汚れた窓の前で何かステップのようなものを踏み始めた。
間違いない。
思わず僕は部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。
夢でも幻でも、その後姿の正面を見たかったからだ。
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