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今年は庭に白い花が一輪咲いた。
植えたわけではない。
この家に、そんなことをする人はもういない。
「母さん……。母さんがやってきたのかな……」
毎年春には、自分で手入れした庭の花を眺めるのが好きだった母さん。
母さんはあまりしゃべらない人だった。というより、人を否定することがなかった。
「……父さん、今日はもう飲むのやめたら?」
「なにぃ? これは母さんのために飲んでるんだ。母さんも笑顔になるさっ」
「そうだね……」
そう。こんな父さんでも、母さんは否定しなかった。
父さんが酒を飲み過ぎても、「ちゃんと仕事行けてるならいいわよ」と、さりげなくツマミに“胃にいい”と言われるキャベツをだす。
父さんの好きな塩ダレをかけて。
母さんは、僕のことも否定しなかった。
僕が反抗期のときに、酷い言葉を浴びせても、母さんはただ、ほほえんでいた。
そう。母さんはいつもほほえんでいた。
母さんの怒った顔は見たこともなかった。
庭に咲く花はまるで僕たちを見守っているようだ。
言葉を発せず、ただほほえんで。
まるで、多くを語らず、いつも優しく見守っていてくれた母さんのように……。
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