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彩響が持っていた箱を渡す。成はわけわからない顔で、取り敢えずそれを受け取った。箱の中に入ってあったもの、それは…。中身を確認した成の顔が一瞬変わった。
「これ、どういう意味?」
「サッカーコーチのオファー受けたんでしょう?使えるかと思って、買ってきたよ。受け取って欲しい。」
成はしばらく黙って、箱の中のサッカーボールを見る。普段素直に振る舞っていた分、今の複雑な感情をうまく隠せないように見えた。成が長いため息をつき、質問した。
「誰に聞いた?」
「あなたのお母さんよ。直接私に会いにきたよ。」
「マジかよ。」
成はなにも言わず、そのままキッチンの方へ行ってしまった。シンクの前で黙ってお皿を洗い始める彼を見て、彩響も追いかける。少し離れたところで、彩響が引き続き声をかけた。
「話はまだ終わってないよ。そして、お母さんには怒らないで。心配していたから。」
「心配、ね。ーで、なんて言ってた?俺を説得しろとでも言った?」
「どうして断ったの?お母さんが言ってたよ、昔からコーチになりたいと思っていたって。なのになんで?いいチャンスなのに。」
「俺はもうサッカーへの未練は捨てたんだよ。今更そんなオファー受けるわけないだろ。」
「嘘でしょう。」
あの海で、サッカーの話をしていたときの目を思い出す。その目はキラキラしていて、夜空のどの星よりも輝いていた。時間が流れ、徐々に現実を受け入れつつあるとしても…その熱かった思いが、簡単に消えるわけがない。
「…ずっと考えていたよ。どうしてあんたがそこまで必死で私の夢を応援してくれたのか。それはきっと、自分が必死で叶えたかった夢を私に映していたんじゃないの?」
「…そうだよ、俺のこともあったから、あんたを応援したい、サポートしたかったのは事実だよ。でも、それだけじゃない。本気であんたが夢を叶えてほしいと思ったよ。」
「知ってる、本当に感謝しているよ。だからこそあなたの夢も大事にしてほしいの。」
しばらくの沈黙が続く。成は黙ってお皿を洗い、ふきんで拭き、そして片付けまで終えた後、ぱっと振り向いた。彩響を真っ直ぐに見るその瞳はいつものとは全然違うものだった。
「彩響、違う、それは違う…。もうこの話はここまでにしてくれ。俺、マジどうすればいいのか分からないよ…。」
成が頭を抱え込み、そのまま座り込んでしまった。彩響もその隣に座り、肩に手を載せる。どうしてこんな反応を見せるのはわからない。しかし、ここでこの話を止めるわけにはいかない。
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