掃除編-7章:言えなかった言葉

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そして、その日の夜。 家に入ると、玄関先で蹲っている人影が見えた。一瞬びっくりしたけど、なんでもないように、彩響はあえて落ち着いた声で「ただいま」と声を書けた。その声に成が顔をぱっと顔を上げた。 「お帰り…待ってた。」 「そう、どうする?ちょっと歩く?そと天気良いよ。」 「…うん、そうしようか。」 そのまま外にでて、いつか一緒に歩いた線路沿いを歩く。もう数ヶ月前のことになるけど、あのときのことは今でも鮮明に覚えている。合コンにでも出たように家族の話を聞いたり、穏やかな家庭の話で羨ましくなったり。 (それだけじゃない、お母さんのことも、Tresure Noteのことも…本当に、いろんなことがあったよね。) そこまで長くない時間だったはずなのに、頭のなかでは記憶がいっぱいだ。まだ「思い出」と呼べるほどではないけど…確かなのは、昔の自分なら思うだけで涙が出そうな出来事も、今なら穏やかな気持で振り返れるようになったということ。 このヤンキー家政夫に出会い、掃除をして、胸の奥に眠っていた熱情を探し出して、自分も再び夢を見ることができた。便器を掃除しながら、鍋を拭きながら、少しずつ教えてくれた。泥沼のような家でずっと沈んでいた人生が、少しずつ明るい方向に向かおうとしている。だから、何回言ってもこの感謝の気持ちを伝えるには物足りない。こいつのようにすぐ素直になれないけど、いつだって感謝する気持ちでいる。 涼しい風が頬を撫でる感覚になれる頃、ふと成が足を止めた。隣で彩響も足を止めた。 「俺が、ここで「俺を首にしないでくれ」とお願いしたこと、覚えている?」 そうだ、そんなことも言ってた。彩響は肯定の意味でうなずいた。それを見た成がまた質問する。 「あの時首にしなくてよかったと思う?」 「もちろん。あなたを雇って正解だったと思うよ。お金貰ってるくせに逆に掃除させようとしたから、最初はイライラしたけどね。」 振り返ってみると、そのイライラがいつの間にか消えていた。本当に掃除してよかったと思えるようになった。その気持ちを、どうにか伝えたい。分かってほしい。 「成、あなたがいたから、私は胸張って前を見られるようになったよ。家政夫という職が決して悪いとか、そんなことを言ってるわけじゃない。でも、あなたがずっと私を応援してくれたように、私もあなたを応援したい。こんなひねくれた性格の私さえこう変えられたから、あなたはどこに行ってもうまくやっていける。選手には戻れなくても、別の形であなたの夢が叶えられるかもしれないよ。だから…」 彩響の話を、成はただ黙って聞いていた。今の彼の顔からは、何を考えているのか全く分からない。それを見る彩響は、逸る心を必死で抑えながら話を続けた。 「ーだから、あなたが本当に望んでいた自分の未来を探し出してほしい。大丈夫、きっとうまくいくよ。」
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