掃除編-7章:言えなかった言葉

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指定された場所はホテルの1階にある喫茶店だった。そわそわした気持ちでテーブルで待っていると、スーツを着た中年男性がこっちへ近づいてきた。お腹が出て、頭も半分くらい禿げている、街で普通に会えそうな外見の人だった。 「峯野さん?」 「あ、はい!黒川さん、ですか?」 「そう、会えて嬉しいね。こんな若くてきれいな女性だとは。」 「え?ああ、いいえ…。」 一瞬彼の言葉から違和感を感じたが、気になったけどとりあえず触れないことにした。今はそれより、本題に集中したい。テーブルに座った黒川さんは飲み物を注文し、さっそく話し始めた。 「電話でも話したけど、今回峯野さんが応募した作品がとても好評でね。私もページを捲るたびにハマったよ。とてもいい作品だった。」 「ありがとうございます。とても嬉しいです。まさかデビューできるなんて、本当に嬉しいです。小さい頃からの夢だったんです。」 「はは、それはよかった。なら、今日は俺がその夢を叶えてあげよう。」 「え?ええ…。」 「一つの作品を本として出すのはとても大変なことでね。もし失敗したらその損害はすべて出版社が負担しなきゃいけなくて。でも、安心してくれ。峯野ちゃんの本は、俺が責任をとって世界に出してあげるよ。こんな美人作家が出てきたら、きっと世間も喜ぶだろ。」 (…峯野「ちゃん」?) なんだか嫌な予感がする。なぜいきなり'ちゃん'付けになったのか、いや、そもそも、作家と出版の話をするための打ち合わせなのに、どうしてため口を利くのか、よく分からない。年上だからとか、編集長の立場だからとか、そういう問題ではないと思うのに…? (…?!)
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