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彩響の声に、成の動きが止まった。力が抜けた彩響はそのまま座り込んでしまった。おさまったかと思ったのに、また涙が溢れる。もうこの感情がなんなのか、それすら分からない。胸がいっぱいで、言葉がうまく出てこなかった。
「彩響…俺、なにを言えば良いのか分からないよ…。」
成が彩響の前に座った。苦しい顔で、彼が涙に濡れた頬に触れる。その優しい感触に、今までの出来事が爆発しそうにフラッシュバックする。幼い頃、母にノートを破られたこと、現実という壁の前で何回も挫折したこと。そして、もう一度夢を見たいと本気で思い、切実な思いで執筆を始めたことまで…。いつも明るい顔で応援してくれたこの人の顔を見ることすら辛い。頭の中がもうぐちゃぐちゃで、なにを言っているのか全く分からなくなった。
「私、本当に頑張ったのに、必死の思いで書いたのに…どれだけお母さんに侮辱されても、私にもできるってみせてあげたかったのに…。」
「知ってる。あんたが誰より頑張ったことは十分知っている。」
「触られたところが気持ち悪い…汚れた気分だよ、私も、私の小説も…」
「違う!!そんなことはない!」
成の大きい声がリビングに響く。驚いて顔を上げると、成がそのまま彩響の手を引っ張る。そのまま向かったのは、洗面台の鏡の前だった。ひどい顔の自分と向き合うと、さらにメチャクチャな気分になる。しかし成はいつかの大掃除のときのように、後ろで彩響の腰を抱いたまま離してくれなかった。慌てた彩響が後ろを振り向いた。
「なによ…今鏡みる気分じゃないよ、離して!」
「鏡を見て言うんだ。「私は悪くない」って。」
「なに言ってるの…」
「早く言って!!」
その声に、彩響は鏡の自分を見る。目は真っ赤で、顔はボロボロで、世界一苦しい顔をしている自分の姿が悲しい。やっと感情を飲み込んで、口を開けた。
「私は…悪くない。」
「もう一回。」
「私は、悪くない…悪くない。」
「もう一回。」
「悪くない。悪くない…。」
何回も後ろから「もう一回」と言われ、彩響も何回も同じ言葉を繰り返す。私は悪くない、私は悪くない、悪くない…。そうして口で何度も言うと、成が頭に顔を埋めた。顔は見えないけど、彼の声が少し震えるのを感じた。
「そう…。彩響、あんたは悪くない。悪くないから…。」
「……。」
「だから、いい加減泣き止んでくれ…。」
成がいたから、また作家としての夢を見た。
これまで辛かったから、きっとうまくいくと思った。
でも、一体いつまで苦しめばいいのだろう。
いつまで、こんな屈辱感と絶望感を味あわなきゃいけないのだろう。
いつまで、いつまで…。
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