掃除編-7章:言えなかった言葉

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目を開けると、いつもの天井が見える。背中に当たる柔らかい布団の感覚もいつも通りだ。彩響はしばらくそのまま、昨日の出来事を振り返った。一瞬なにかの夢かもしれないと思ったけど…顔のあっちこっちに乾いている涙の跡を感じ、彩響は長い溜め息をついた。その音に反応し、隣から声が聞こえた。 「起きた?」 狭いベッドの端っこに、成が横になっているのが見えた。そうか、昨日は泣き疲れて、そのままベッドに運ばれ寝たんだ。成も隣で眠ってしまったらしい。面積をなるべく取らないよう、大きな体を蹲っているその姿が、なんだか笑えた。薄暗い部屋の中、彩響が聞いた。 「今何時?」 「朝の5時くらい。」 「昨日の夜出る予定だったんじゃないの?」 「今日の朝でも間に合う。…俺、そろそろ起きるから。」 「あ…」 体を起こす成の袖を、思わず引っ張る。自分がなぜこうするのか、よく分からない。その行動に気づいた成は一瞬戸惑って、そしてすぐ彩響の手を離した。布団を彩響の方まで上げ、彼が優しい声で言った。 「疲れただろ、もうちょっと寝なよ。」 「うん…。」 成が部屋を出たあと、彩響はずっと天井を見ていた。外からは成が支度をする音がする。少し触れた手の感触や、彼がいた端っこの温もりがもどかしい。しばらくして、結局彩響も外へ出てきた。荷物を手に持った成が彩響を見て、気まずそうに口を開けた。 「俺、このまま行くよ。」 「うん。分かった。」 止めることも、なにか言い残すことも特に思い浮かばない。玄関に向かう成の後ろ姿を、だまって追いかける。靴を履いて、出ようとした瞬間、成が一瞬こっちを振り向いた。 「あのさ、俺…。」 その先はすぐ言えず、成が自分の足先を見下ろす。それを見るこっちもつい視線を落とす。成は中々口を開けられず、ずっとその場に立っていた。それを見ると、彩響は自分の頭の中が落ち着くのを感じた。 「成、今まで私の夢をサポートしてくれてありがとう。これからは、あなた自身の夢を追う番よ。」 「俺は…俺の夢は…。」 「応援してるよ、だから、頑張って。」 溜め息のような深呼吸をして、成がぱっと顔を上げた。視線がまっすぐぶつかる中、成が微笑んだ。とても優しい、でもどこか寂しそうな顔だった。 「じゃあ、またな。」 玄関のドアが閉まる音、そして足音がどんどん遠くなり、最後には静かになった。まだ薄暗い中、彩響はしばらくその場に立っていた。徐々に部屋が明るくなり、完全に朝の日差しが差し込む頃、やっと気づいた。 ー終わった。 私の夢も、この妙に楽しかった生活も、なにもかもが。 30歳の、なんの面白みのない、ただお金を稼ぐだけの女に戻ってしまった。 「また…一人になっちゃった。」
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