掃除編-7章:言えなかった言葉

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「とうとう家を出たよ、あいつ。」 あれから数日後。理央の誘いに乗り、例のあの焼鳥屋さんで飲むことになった。ビールを飲んでいた彩響は突然の言葉に目を丸くして質問した。 「家を出る?誰が?」 「誰がって、決まっているでしょう。夫だよ。夫。」 「はあ?旦那さん家出したってこと?いつから?」 「浮気相手の家でこれから生活するんだって。もう呆れて言葉も出なかったよ。」 「はあ…。」 自分だけではなく、理央までこんなことになっていたとは。彩響はしばらく黙って自分のビールを飲み続けた。ジョッキを空にして、彩響が恐る恐る質問する。 「離婚は考えてるの?」 「……」 「離婚してほしいと言われてるんでしょう?なんて答えたの?もう見て見ぬふりはできなさそうだね。」 理央が重くて長い溜息をつく。それを見るこっちも心が重くなるのを感じた。今更遅いけど、結婚もしていないのに妊娠したということを聞いたときから、あの旦那さんのことは気に入らなかった。それでも親友は結婚すると言ってるし、仕方ないから祝福してあげたのに。それをこんな形で裏切るとは。 理央が手に持っていたジョッキを下ろし、口を開けた。 「あいつの態度考えると、今すぐにでも離婚したいよ。でも、私、一人で亜沙美を育てる自信がない。私、結婚するために仕事も全部諦めたのに、その結婚生活がこうなるとは思わなかった。」 いつも明るい理央でも、この状況はさすがに厳しいだろう。彩響もなにか慰めてあげたいけど、言葉が思い浮かばない。 「…最初からそんなこと考えて結婚する人いないでしょう。それに、亜沙美ちゃんにはその話しないで。」 「分かってるよ。でもいずれは知ることになるんだろうね。パパがいなくても大丈夫、ママがパパにもなれるって言ってあげたいけど、自信がない。なんだかんだ言って、結局夫なしでは何も出来ない気がして、自分がすごく情けない。」
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