掃除編-7章:言えなかった言葉

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彩響の母はまずは離婚を選んだ。そしてなにか辛いことがあるたびに自分に八つ当たりして、怒って、真っ先に責めた。女一人、それも特別な技術も職もない状況で、どれだけ辛い人生を送ってきたのか、大人になって仕事をやってみると少しはその辛さを理解するようになった。そしてその茨の道を歩くようになるかもしれない親友の前で、そう簡単に「離婚しなさい」とは言えなかった。 (女の人生って、なんでこうも他の要因で牛耳られるんだろう。それが美徳だと思われるのもおかしい。) 離婚したあとも、妻が子供の面倒を見るのは当たり前で、夫が子供の世話をするとすごくいいパパ、いい旦那さん、ということになる。女の人が抱いている赤ちゃんが泣くと、みんな「母親が面倒をきちんと見ないから…」という目で見るのに、男の人の場合だと「パパが一人で大変だ」と思う。そんなことだけではなく、この30年の人生を通していろいろと感じてきたことが多すぎて、「シングルマザーになってもきっと大丈夫」とは言えない。そしてそんな自分が嫌になってきた。 「あの、すみません…。」 落ち込んだ気持ちで黙々とお酒を飲んでいたその時、誰かがテーブルの隣に近づいてきた。スーツを着た20代後半に見える男性で、特に目立った外見をしてはいなかった。突然声をかけられ、彩響と理央が顔を上げその人を見た。 「…どうされましたか?」 「あの…こんなこと言うのもなんですが…。」 男はしばらくもじもじして、なにか大きい決心をしたような顔で、自分のスマホを取り出し、彩響に言った。 「連絡先を教えてくれませんか?」 「…はい?」 「あ、その、LINEとかの交換でも結構です!さっきからずっと見ていたんですけど、お、お話をして見たくて…。」 男の言葉の意味をしばらく把握できず、彩響はただその男の人を見上げた。え、なに、これはもしかして…「ナンパ」っていうやつ?彩響より先に状況を把握した理央が先に「きゃー」と軽い悲鳴を上げた。 「あら、なにやってるの、彩響!さっさと教えなさいよ!」
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