64人が本棚に入れています
本棚に追加
/164ページ
普段のハキハキした声とは全く違う。どこか切なく、そして必死なその声に、彩響も抵抗するのをやめた。軽く深呼吸をして、彩響は成の顔を見た。
「…メモを見たの。あなたが、Treasure Noteに隠しておいたもの。」
「そう、それは良かった。いつ見つけてくれるか、ずっと気にしてたよ。」
成が穏やかに笑う。そうだ、この顔だ。この顔がずっと見たかったんだ…。改めて実感すると、心臓の鼓動が早くなる。
「あなたが家を出て、なにもかも嫌になって…全部諦めようと思ったの。でも、メモを見つけて、あなたがもう一回背中を押してくれた気がした…だから、ここに来たよ。」
「うん、そう言ってもらって嬉しい。それ、俺が辛い時、ずっと自分自身に聞いていたことだから。きっとあんたも俺と同じ気持ちになってくれると思ったよ。」
「そして、私のメールを使って原稿を投稿したんでしょう?」
「えーと、ごめん。でも、あの時もし俺が別の出版社へ送ってみようっと言っても、きっと断ったんだろ?まあ…それにしても勝手なことして悪かった。今更だけど、謝るよ。」
成が頭をぺっこり下げる。大きい体に似合うようで、似合わないその仕草に思わず笑ってしまった。今まで固まっていた周りの空気が少し安らいだ気がしてきた。
「あなたが勝手なことしてくれたお蔭で、あの出版社から連絡来たよ。私の原稿、本にしたいんだって。」
「マジで?!良かったじゃん!」
「私、今の仕事やめる。今すぐ私が有名作家になって、ご飯食べれるようになるとは思えないけど…。もう少し時間に余裕のある職場で自分の作品を書くよ。」
「正しい判断だと思うぜ。もうこれ以上、あんたを苦しめて、辛くさせていることに人生を浪費するなよ。」
「でも…ずっとやってきたことだから、やめた後が正直怖い。」
「大丈夫、彩響ならうまくやっていける。この俺が保証するから。」
ここまで言うと、大きい仕事を一つ終えたようで、そのまま座り込みそうになった。でも、まだ一つ残っている。こんなにも近くにいるのに、まだ遠く感じるこの人に、伝えなくてはいけないこと、それは…。
「俺に言いたいこと、まだある?」
成の質問に、彩響は大きく息を吸った。胸がいっぱいで、すぐにでも涙が出てきそうだけど、あえて目を大きく開けた。
(怖い…。)
怖い、でもやるしかない。この30年の人生の間、今こそ最も大きい勇気を出すときなのだ。嘘も偽りもないこの気持ちを、まっすぐ、この人にー
「…まだ、言いたいことがあるの。」
視線が熱くぶつかる。成は何も言わず、ただこっちをじっと見つめるだけだった。怖さと恥ずかしさを乗り越え、やっと彩響が言葉を吐き出した。
「…成、あなたが好きです。好きだから、あなたの気持ちも知りたいです。」
最初のコメントを投稿しよう!