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体このような話題を切り出す人間は、地味な説教を語りがちなので、自分は決してそんな人間にならないと思っていた。しかし、例え余計なお世話だと思われても、これだけは伝えたい気分だった。
「私は、ずっと目の前のことしか見えていなくて、何も考えられず、ずっと走ってきたの。そのせいで自分に本当に大事なのはなんなのか、ずっと見逃していた。でも、もうやめる。周りからの評価とか、家族の期待とか、名誉とか地位とか…そういうことにもう傷ついたり、振り回されたりしない。百パーセント自分自身に集中した人生を送るよ。」
「峯野主任……。」
「『この会社を辞めなさい』とか、そういうことを言ってるわけじゃないよ。どこでもいい、自分自身が本当に望むことが何なのか、そして自分に本当に大切なのはなんなのか…それをじっくり考えて、その答えを実行できる場所で生きて欲しい。応援してるよ、君は会社で唯一、私が心を許した人だから。」
佐藤くんは彩響の話をじっくり聞いて、頷いて、最終的に目頭を濡らした。しばらくメソメソしていた彼が、いきなり彩響の手をぎゅっと握った。
「峯野主任、やっぱこのまま行ってしまうのは耐えらないっす…!!もう一回考え直していただけませんか?!」
「え?いや、もう退社の手続きは終わっていて…。」
「構いません!もう一回社長と相談して…!」
「…おい、その手今すぐ離せよ。」
突然の背後からの声に、佐藤くんが慌てて手を離す。彩響が振り向くと、そこにはご機嫌斜めの成が立っていた。成のことを思い出した佐藤くんが「あ!」と声を出した。
「しゅ、主任の彼氏さん!あの時USB運んでくれた方!」
「ち、違う…のではなく、あってます。」
「やっぱりー!!!」
ついクセで否定しまったけど、更に機嫌が悪くなった成の表情を見て、彩響は急いで言い直した。成が彩響の肩に手を回し、見せつけるように言った。
「そうだ、俺の彼女ですが、俺の彼女になにか御用ですか?」
「す、すんませんでした!!そんな下心があったわけじゃないんす、許してください!!」
「成…脅かさないで。怖がってるよ。」
「べつに、なにも脅かしてないだろう。あんたは賢いのに、なんでこういう場面ではスキだらけなんだよ。もう少し警戒しろよ。」
「佐藤くんは後輩です。誰も彼もそんな目で見ないでください。」
二人の会話を聞いていた佐藤くんが、二人をキョロキョロ見る。そしてなぜか、今回は満面の笑みで成の手をぎゅっと握った。慌てる成に佐藤くんが言う。
「恋人になれたんですね!いや〜よかったす!俺、マジうれしっす!!」
「え?あ、まあ…」
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