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マンションに戻り、彩響は一旦自分の部屋で荷物を下ろした。軽く息をついてリビングへ出ると、成がソファーに座っているのが見えた。なにか話があるようで、彩響も隣に座った。
「あのさ、彩響。これからのことなんだけど…。この家はどうする?」
「そうだね…転職は考えているけど、この家はどっちみち処分するよ。もう高いローンを払えるほど、お給料も貰えないんだろうし、なにより…もう自分自身に集中する人生を送ろうと思っているから。」
立派なマンションに住むことや、人に見られることが大事だと思って、このマンションを中々手放せずにいたけど…もうそういうことに命がけで、大事な時間を無駄にしたくない。これは成と再会した瞬間からずっと考えていたことだった。
「じゃあ、俺と一緒に、九州に行かない?」
彩響の話を聞いた成が、いきなり質問してきた。いきなり出てきた「九州」という地名に彩響が目を丸くする。
「九州?」
「実は、そこにある小学校で、サッカーコーチになってくれないかとオファーが来た。学校に所属して子どもたちの世話をする仕事だから、何日も家に帰ってこられなかったり、そういうことはない。もし、彩響が俺と一緒に来てくれたら、とても嬉しいと思う。」
「九州…。」
「そこに行って、条件の合う仕事をまず探して、自分の時間を作って執筆活動を続けたらどうだ?もちろん、俺もできる限りサポートするよ。」
一度も行ったことのない場所だ。会社を辞め、家を処分して、東京ではない別の場所に行っても良いかもとうっすらと考えてはいたけど…。馴染みのない場所にいざ行くのが少し不安になる。
「もし、私が嫌だといったら、あなたはどうするの?」
「そんなの、決まってるだろう。ここで何か別の仕事を探す。俺の最優先順位は、彩響の傍にいることだから。」
一瞬の迷いもなく、成が即答する。その姿に、彩響は思わず笑ってしまった。こういってくれることがとても嬉しくて、とても幸せだ。
「ありがとう、成。そう言ってくれて本当にありがとう。」
「で、答えは?」
「もちろん、あなたに付いて行きます!」
彩響の答えに、成がとても嬉しそうに笑った。いつものように、とても優しい、太陽のような笑顔だった。
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