掃除編-2章:バイクの王子様

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まぶたを開けると、見慣れた天井が見える。自分がどうやってここまで来たのかをじっくり考えてみても、よく覚えていない。彩響がゆっくり頭を横に回すと、そこにはあの家政夫さんの顔があった。 「起きた?あんた、昨日玄関でそのまま倒れたんだぞ。とりあえずここまで運んできた。」 「え…それはどうも…。」 そうだ。昨夜アイスを買ったことまでは覚えている。その後この家に帰ってきて、そして…。河原塚さんが心配そうに自分の手を彩響のおでこに当てる。 「一応熱は無いし、なんか食べれそう?」 「…はい。」 「ちょっと待って、朝食持ってくるから。」 そう言って河原塚さんが部屋を出ていく。彩響はベッドの上でしばらくぼーっとして、ふと眩しい日差しに気が付いた。自分の部屋に昔から付いている、大して特別な要素はない普通の窓。その窓の向こうから入ってくる鮮明な光に、思わず見惚れてしまう。どれだけ綺麗に拭いたのか、窓ガラスが透明すぎてまるでそこに何も無いように見えた。彩響が自分で拭いた覚えはないので、あれは間違いなく家政夫さんの作品だ。 (綺麗…。) いつも目が覚めたら急いで出勤するのが当たり前で、こんなにいい日差しが入ってくる部屋だとこれまで全く知らなかった。いや、もし少しゆっくりする暇があったとしても、汚れている窓からはきっと無理だったはず…。 「ほら、食べて。」 河原塚さんが持ってきてくれたお盆の上にはお味噌汁と白ごはん、そして卵焼きが乗っていた。極シンプルだけど、だからこそ食べやすい。もぐもぐと食べていると、河原塚さんが心配そうに声をかけた。 「彩響、正直あんた働きすぎだと思う。」 そんなこと、言われなくても知っている。でも素直に仕事多くて辛いです、というのもプライドが許さない。 「…今週はいろいろ重なって忙しくなっただけです。」 「それにしてもこれは異常だろ。あんた、今週家に帰って来たの2、3回しか無いぞ。来ても着替えてすぐ出ちゃって。」 「仕方ないの、私は女だから、やつらの2倍、いや10倍仕事をしないとあの会社で生きていけないんです。」 「仕事は大事だけど、人間は仕事だけでは生きられないんだぞ。あんた、仕事以外なにかやってることあるの?趣味とか?」
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