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渋々ノートを渡すと、今度は机においてあった太いマジックペンを手に取った。軽くページを捲り、成がノートを両手で丁寧に持った。
「人間は宝石とか、金とかを宝物と呼ぶけど、そんなものは本当の宝物ではない。幼いあんたが考えていた、この世でたった一つの夢…これこそが本当の宝物だ。」
そう言って、成が何かをノートの表紙に書き出した。一文字ずつ力を込め、丁寧に書き込む。書き終わった後、彼がノートを又差し出した。
「…だから、今日からこのノートの名前は「Treasure Note」(トレジャーノート)だ。」
ノートの上に書かれた文字は大きくて、少し雑で、…でも優しさを感じた。彩響はノートを受け取り、じっと見続けた。
正直、とても嬉しかった。最も応援されたかった母には真っ先に否定され、ずっと置き去りにしていた小さい熱情の欠片。それをまさかこの年になって、ただの他人ーただの家政夫にこんなことを言って貰えるとは。
でも、ここでは素直になれない。素直になれるには…。
「…なにこれ、子供みたい。」
「へへ、俺なりに一番格好いい名前つけたつもりだけど。」
ー素直になるには、まだ恥ずかしい。
成が彩響の隣に座る。ニコニコしていたけど、一瞬真剣な顔で質問した。
「彩響、マジでこれからなんか書いてみない?」
「…今から?」
「そう、物書きはいつだってできるだろ?」
「いや、もうこの年になって夢追うなんて、ありえないよ。今は仕事で忙しいし、ローンとかもまだいっぱい残っていて…。」
「彩響、よく考えてみなよ。今の仕事がどれだけ大変でも、それが本気で好きなら、きっと今ほど辛いと思わないはずだ。あんたは意識していなかったけど、心の奥底ではこれのことをずっと考えていたんだよ。じゃないと、これをずっと持っている訳がないだろ?」
これのことはつまり、「Treasure Note」のことだ。そう、言われたとおりかもしれない。今の自分は必死で仕事をやっているけど、いつも疲れている。達成感で働いていると言えば…それは嘘だ。どっちかと言うと、毎月給料の力、そして女としてのプライドだけで動いているもので…。
「ーそんなこと言われても、そう簡単になにもかもうまくいく訳がないよ。私はそれを痛いほど実感しているから、この30年間。」
「人間の平均寿命を考えると、まだあんたは今まで生きてきた時間よりこれから生きていく時間の方が長いよ。」
「…言い方がもうおじいさんなんですけど。」
「へへ、まあそう言わずに、ゆっくり考えてみて。」
成はまた例のあの明るい笑顔を見せる。彩響も一応頷いたけど、心の中ではもう既に否定していた。
(私が、作家になれる?ーいや、無理でしょう、そんなの。絶対ありえない。)
こう思いながらも、彩響はTreasure Noteをぎゅっと握っていた。
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