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この話は、辛すぎて今まで誰にも言ってない。理央にも話してない。成は突然の話に一瞬驚いて、でもすぐ話に集中した。
「すげーじゃん。で、なんかあったの?」
「その時は埼玉に住んでいて、授賞式が京大であったから、担任の先生と一緒に授賞式に参加することになったよ。先生は当時まだ新人の若い女の先生で…自分の生徒が大きい賞をもらったことにすごい興奮して、喜んでくれた。でも…。」
その日、興奮して家に帰ってきて、授賞式の案内文が載った書類を見せた。一週間後、京都に行きたいから親の許可が必要だと。受賞したことに喜んでくれると思った母は、想像もつかなかったことを真っ先に口から出した。
「なに言ってるの?一体誰なの?あんたをその気にさせたのは?そんな偉くもない賞受けに京都まで行くの?」
「でも、これは全国大会で…。」
「関係ない!そんな意味のない大会なんかに参加する暇があるなら、数学の点数上げることに集中しなさい!京都には行かせません!行ったらまたあんた作家になるとか言い出すでしょう!」
母は自分を追い詰めることだけでは気が済まなかった。結局学校まで現れ、若い担任の先生まで呼び出した。そしてみんなが見守る中、母は自分が貰った書類をそのまま先生の顔へ投げつけた。
「先生なら黙って学校の勉強を教えなさい!!勝手に子供を変な気にさせるな!」
「お母さん、お願い、やめて…!」
「あんたも正気になりなさい、彩響!あんたなんか作家になれるはずがないでしょ!いい加減現実を受け入れなさいこのクソ娘!!!どこまで私を失望させると気が済むの!私が言ったでしょ、勉強さえすれば何も望まないって。なのになんで私を裏切るの?!」
「その後、なんとかお母さんは帰ったけど、先生はショックを受けすぎて…それ以来私に必要以上に関わらなくなったよ。」
今になっても、その先生には申し訳ないと思っている。きっとどう自分と接すればいいのか、分からなくなったんだと思う。そしてそのまま卒業し、先生とも自然とさよならした。
隣で小さく成が「ひどい母親だ」と呟くのが聞こえた。そう、それでも母親だから、この歳までずっと自分の人生のテリトリーから追い出さずにいた。
「あのな、彩響。本当に、これから本格的になにか書いてみないか?」
「…書く?なにを?」
「小説だよ。」
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