掃除編-6章:近づく距離、揺れる思い

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成の言葉に、さっそくスマホを出し、自分が連載しているサイトを確認する。朝と比べクリック数が20くらい増えたことが分かった。まあ、こんなものだよね。彩響を見守っていた成が又聞いた。 「どう?読者数とか、ちょっと増えた?」 「そうだね…『お気に入り』設定してくれた人はちょっと増えたね。まだ二桁だけど。」 「それが徐々に重なって大きい数になるんだよ。ほら、あの有名なユーチューバーも言ってたよ。『少ない量でも毎日載せるのが大事』って。」 連載を始める前、成は自分からいろいろと市場調査をしてくれた。どのサイトが大きいのか、どのサイトがどんなイベントを開催しているか、とか。調べてくれた中で、彩響は一つのサイトを選んだ。 「ペンネームはなににするの?」 「そうだね…。こういうのって、みんなどう決めてるんだろう。」 「住んでる地域の名前とか、自分の名前の漢字を並べ替えしたり、…人それぞれじゃないの?」 「…じゃあ、自分の名前でいいよ。表記くらいはローマ字にしようかな。」 「本名にするの?」 「うん。過去の経験で書きたいから、名前も過去のままがいい。」 彩響の話に成が頷いた。 「そうか、それもいい考えだな。ありのままの名前で、新しい世界を作り出す、うん。それでいいと思う。内容はどんな感じ?」 「え…それは、えーと、秘密。」 「なんだよ、ちょっとくらい教えろよ。雇用主様。」 「いいえ、お断りします。」 成に見せるには、少し、いや…結構恥ずかしい。なぜならー (掃除しながら成長していく30歳OLの話なんて、絶対言えない。) そう、今自分が書いている話は、まさに自分の話だった。特に希望もなく、ただ仕事と家を行ったりきたりしていたOLが、ある日部屋の掃除をして、徐々に人生が変わっていく話。連載サイトでまだ読む人は少ないけど、コメントに「なんだか掃除したくなった」との話があったりして、どんどん書くのが楽しくなってきた。仕事で忙しいからじっくり書ける時間は少ないけど、最近は仕事から帰ってきて30分でも書くようにしている。毎日の積み重ねが大事、だと思いながら。 「じゃあ、今日はせっかく早く帰ってきたし、執筆活動してから寝る?」 「そうだね、3000字くらい目標にしてみようかな。」 「うん、じゃあ美味しいもの作るよ。なに食べたい?オムライスとかどう?」 「いいね。美味しそう。」 仕事は辛いけど、家に帰ってきて、好きなことやって。そしていい人と一緒に過ごせるこの日々が、すごく楽しい。 そうーいつまでこんな時間が続くんだろうか、ふと不安になってしまうくらい。 「頑張れよ、彩響。本でたら、俺にサインしてくれよ。」 「…もちろん!」 素直に認めよう、この笑顔がとても好きだ。太陽のようで、とても暖かい。見る人がとても安心できる、そんな素敵な笑顔だ。 (…違う、好きなのはあくまで笑顔だけ。それだけ!) 「…どうした?」 「ううん、なんでもない。オムライス、楽しみにしてるよ。」 返事を誤魔化して、彩響は家への道を急いだ。
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