花束を……

1/1
296人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

花束を……

 プロポーズ用の花束を売ってから、2週間後、同じ男性が500円の小さな花束を買いに来た。 「プロポーズ、うまくいきました!  彼女、花をすごく喜んでたんですが、もう  萎れてきてしまったので、またプレゼント  しようと思って」 嬉しそうに話す男性。 「それは、おめでとうございます」 お祝いを述べながら、こちらまで嬉しくなる。 この人は、これから花が枯れるたびに、こうして彼女に花をプレゼントしてあげるのかな。 そんな風に思われるのって、素敵よね。  男性が意気揚々と花束を抱えて帰っていくのを見送り、店内に視線を戻すと、店長と目が合った。 「由香(ゆか)ちゃんも、ああやって花束もらったら、  嬉しい?」 「そりゃあ、嬉しいですよ。  誰もくれませんけどね」 結婚するつもりがない私は、一生、誰とも付き合うつもりはない。だから、私が花束をもらうことは、一生ない。 「それより、店長こそ、いい加減、花束を  あげる相手、探したらどうです?  もう3年も彼女いないんでしょ?」  大学卒業後、生花卸売市場に勤めていた店長は、28歳の時に脱サラして花屋を始めた。その時付き合ってた彼女には、花屋をやるって言った途端、振られたらしい。これから結婚って言う時にする決断じゃないって。 なんでかな。 店長、いい人なのに。 サラリーマンの店長は良くて、花屋の店長はダメなんて、それ、店長じゃなくて、肩書きや収入が好きだったってこと? 「そうだな。  ただ、問題は、もらってくれるかどうか  だけど……」 と店長は苦笑いをこぼす。 えっ……? そっか…… いつの間にか、店長にもそんな人がいたんだ。 なんだかモヤモヤしたものが胸の中に広がり、落ち着かない。 店長にそういう人ができるのは、当たり前じゃない。 こんなに、優しくて、決断力も行動力もあって、なおかつ、ルックスもいいんだから。 うちに花を買いに来る女性の中には、明らかに店長目当ての人が何人もいる。 やっぱり、相手はお客さんなのかな。  その日は、閉店まで、胸の中のモヤモヤが消えなくて、苦しい思いを抱えたまま、家路に就いた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!