つづきは、ナイショで。

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「明日香さん。きょうは本当にありがとうございました。  とても嬉しかったし、楽しかった。最高の1日でした」  初瀬さんがニコリと笑う。  わたしも楽しかった旨を伝えると、二人でふふっと笑った。  7号車の4つめのドアの線に、2人して並んで立つ。  ふと初瀬さんは、体ごとこっちに向けた。 「明日香さん、あの…これから、よろしくおねがいします」  ペコリと頭を下げる。わたしもあわてて、「わたしこそ、よろしくおねがいします」と、頭をさげた。  顔をあげると、初瀬さんと目が合う。  また二人してふふっと笑って、初瀬さんは線路の方に向き直った。  お酒のせいか、なんなのか、耳が少しだけ赤い。  先週と同じ、少しだけすねたようなあどけない少年の表情で、初瀬さんはそこにいた。  なんであんな顔をしてるんだろうと思ったところで、速度をおとした電車が、目の前を走る。 「あ、来ましたね。  今日は本当に楽しかったです。どうかお気をつけて」  初瀬さんがまた爽やかに笑って私に言う。  ドアがあく。  ぱらぱら降りてくる客をまったあと、わたしは電車にのりこんだ。  発車メロディが駅に響きはじめる。 「こちらこそ、本当に楽しかった。ありがとうございました。あの……」  わたしはごくりと喉を鳴らした。ベルがちょうどやんだころだった。 「今日でますますそう思いました。初瀬さん、好きです」  『ドアがしまります』。そのアナウンスの中、扉の閉まるスレスレの時間。  ふいに、わたしは、腕を力強くひっぱられた。  思わず再びホームに降り立つ。背後で、ドアが閉まる。  初瀬さんは、わたしを電車から降ろしたのだった。  わたしたちなんておかまいなく、電車は動き出した。  心臓は内心バクバク。  初瀬さんは、さっきの少年の顔で、わたしに言った。 「あの……。うちでもう一杯、飲みませんか?」
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