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第五章 「文化祭にて」
日曜日。今日は授業はないが、学生たちが楽しみにしていることがあった。
それぞれの家にあるものを持って集まり、売る文化祭だ。毎年夏と冬の二回
開かれ、大勢の客が来る。
シュテルンは小さいころ着ていた服(上質な綿が使われていて、とても丈夫だ)や絵本などを荷物の中から出し、教師のところへ持っていき渡した。カウンターの近くにはローゼがいて、緊張しているのか手から汗が出ている。肩をそっとたたいて「今日は楽しみですね」と声をかけると、「はい。頑張りましょう」と笑顔を見せた。
朝9時。シュテルンの執事ヴァルムがトライアングルを鳴らすと、客たちが
入ってきた。4歳の娘を連れた母親が、木箱に入ったおもちゃや服などを見て
いる。彼女は一着の服を手に取り、「これを買います」と言った。会計係のローゼが素早く値段を計算し、紙袋に入れて渡すと「ありがとうございます」
とにっこり笑って二階に移動していった。
「(おれが持ってきた服が売れるとは。ちょっと嬉しい)」パンを紙袋に詰めていたシュテルンは小さく笑ってからシロフクロウの羽ペンで紙に売れた数を
書き込む。好調だ。
お昼を過ぎると、さらに人が多くなってきた。一階でびんに入った冷たい水やリンゴジュースを売っているモーントが、「子ども連れが増えてきたな」とつぶやくのが聞こえ、「仕事が休みの人もいるからな」と答える。語学教師の
ヴォルケンが「頑張っているな、お前たち」と三人に声をかけてきた。
「昨日は緊張と興奮で眠れませんでした。今までこういうことを経験しなかったので」とローゼが言うと、「いろんな仕事がある。時間があればほかの
ところにも手伝いに行ってくれ」と答えて三階に戻っていった。
「ローゼ様。飲み物を売るのを手伝ってもらってもいいですか?」「もちろんです。よろしく」薄い緑のエプロンをつけた彼女はカウンターの中に入り、
二人とともに客に呼びかけ始めた。夫婦や警備員など多くの客が飲み物を買って、館内にある椅子に座って飲んでいるのが見える。一時間後、リンゴジュースが売り切れてしまった。
「たくさんの人が来てくれましたね。すごく嬉しい」「ありがとうございます。そろそろ交代の時間なので、休んできてください」「はい。シュテルン様。何か買いに行きましょう」ローゼはそう言って、彼と連れ立ってクッキーが売られている教室へと入った。
焼き立てのバタークッキーのいいにおいに、お腹がすいてくるのを感じた。すでに長蛇の列ができている。
「バターとチョコクッキーを2袋ずつ買います」とシュテルンが注文すると、同級生のリーラが顔を出し、「ありがとうございます。すぐにお持ちします」と答えて満面の笑みを見せる。
10分後、クッキーが入った紙袋を持って二人はテーブル席に座る。こうして過ごすことは初めてなのでお互いに心拍数が上がるのを感じ、顔が赤くなる。
「シュテルン様。ごろつきに捕らわれていた時、わたくしはとても怖かった。あなたが来てくれたのが分かって、ほっとしました」「無事で本当に
よかったです」彼はローゼの手を握ると、ホールに移動して踊り始めた。
突然始まったダンスに、教師や客たちが驚いている。
ローゼは温かい気持ちがわいてくるのを感じながら、彼に動きを合わせる。
城で暮らしていた時も、家族からは暴言をぶつけられ続けていた。また同年代とのかかわりも少なかったため、ここで経験するのはどれも初めてのことばかりである。
曲が終わると、大きな拍手と歓声が聞こえた。モーントが「お二人とも、
すごくうまかったです」とほめてくれた。それから「そろそろ新しいお客様が
来るので、用意をしておいてください」と言って受付カウンターのほうへ歩いて行った。二人はクッキーを食べ終え、再び一階へと戻る。
午後も学生たちはパンや飲み物などを売ったり、他のグループの手伝いをしたりと忙しい。午前中にクッキーを売っていたリーラとその友人二人(どちらも女子)が、雑貨の包装をしているのが見えた。
彼女は三人に気づくと、「こちらに来て、ぬいぐるみを包んでほしいのだけど、いい?」と声をかけてきた。「はい」と答えて薄い黄色とピンクの絵の具で描かれた看板の前に立つと、子どもたちが近づいてきた。
星のTシャツを着たクマのぬいぐるみを白い紙に包み、同じ色のリボンを
かけて女の子に渡すと、「ありがとう」と言ってスキップをしながら母親と一緒に帰っていった。
「おれも子どものころ、母に連れられてぬいぐるみやおもちゃを見に行った
ことがあります」とシュテルンが言うと、「うちにあるのは本だけだったわ。
ぬいぐるみは高かったから、買ってもらえなかった」とリーラが返す。そして
続ける。
「わたしの家は教会の隣にあって、父は神父なの。四人兄弟の次女として
生まれてからずっと、姫になるための勉強をさせられてた。15歳でここに
来て、学校生活って楽しいんだなって思う」そう言って笑顔になった彼女に、
三人も笑い返した。
夕方五時。品物が全部売り切れ、文化祭は終わった。片づけを終えた学生たちは寮に戻り、着替えと入浴を終えてリラックスしていた。
シュテルンはベッドの手すり(木でできている)に止まっているコミミズクをなでると、毛布にくるまって眠り始めた。同室のモーントはすでに寝息を
立てている。
「(今日は意中の女性と踊ることができた)」と心の中でつぶやき、幸せな気持ちになった。
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