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その6
「水」「火」「食料」「基地」はそろった。
この先どうなるかは分からないけど、とりあえずこんな時代でも生きていける。
それでも、アイヴィーとシンはパンク・ロッカー。
「生きるイコール生活」じゃない。
今度は、それを手に入れる番だ。
「聞いたか?“ズギューン”、今夜ライヴを無料で生配信だってよ。」
「どこでやるんだ?ライヴハウス?」
「今どき、やらせてくれるハコなんかあんのか?」
「自宅で弾き語りとかじゃねえの?」
「内容は完全シークレットだってよ。」
「いいのかね?あいつらの影響力、正直ハンパないだろ。“ズギューン!”がやってんなら俺たちも!とか考えるやつも、出てくんじゃねえの?」
「その辺はちゃんと考えてるんだろうけど。」
「どうだかね。所詮パンクだろ?」
「知ってる?アイヴィー、最近スーパーでレジ打ちのバイトしてんだぜ?」
「マジで?てか、あんなの雇ってもらえんの?」
「大手の店じゃなくてさ。高円寺で、個人でやってるとこあるじゃん。あの“何とかマート”って。」
「ああ、あそこな。それにしても、元メジャーがねえ…。生活、苦しいんかなあ。」
「いや、何かすげー楽しそうに仕事してたよ。あそこの社長も“人手が足りないから助かる”って言ってたし。」
「お前、行ったのかよ。」
「話によると、高円寺の色んな店をヘルプして回ってたらしいな。店頭販売手伝ったり、SNSで告知したり。」
「偽善だろ、偽善。」
「…何か、カッコいいよね。」
「どこが?落ちぶれただけじゃん。」
「お前、バカだろ。」
「なに?」
「どうする?今日の配信、観る?」
「観るよ。 “ズギューン!”が何をやるか気になる。」
「どうせ暇だし、どこにも行けないしな。」
「お前、さっきあんだけ悪口言ってたのに、観るの?」
「ダメ?」
「勝手にしろよ。お前、クソだな。」
「楽しみだな、久々に楽しみだ。何か、ライヴに行く時みたいな気分になってきた!」
「ゴン、子供たちはどう?」
アイヴィーがたずねる。
「ああ…小学校も休みになっちまったからな。最初のうちは喜んでたけど、2週間くらいで泣きが入ったよ。学校に行きたいって、寂しがってな。」
「ズギューン!」のメンバーは、リハを控えて思い思いにセッティングを進めていた。
「可哀そうだね。大人はガマンできるけど、子供はね。」
「まあ、お姉ちゃんがしっかり妹を支えてるし、こういう時、姉妹でいて良かったよ。それに、今はゲームと使って、友だちとオンラインで話もできるしな。」
「ネットもバカにしたもんじゃないよね。シンだって、ネットのおかげで仕事が作れたんだし。」
「シン!今度、ゴンにもギター教えてやってくれよ!」
ショージが横やりを入れる。
スタジオの奥に控えていたシンが、その言葉にニヤリとした。
「…ゴンに教えることは、別にねえからな。」
「シン。そんなとこにいちゃ、見えないよ。」
「俺はいいんだ。」
「そういや、ジャッキーいるか?」
「…いるよ。」
残りの4人はしばらく待ったが、それ以上ジャッキーの声が聴こえてくることはなかった。ただ、ベースのチューニング音だけが彼の存在を示す。
「アイヴィー!家、追い出されずに済んだのか?」
ドラムを叩いてない時のショージは、相変わらずやかましい。
「うん。大家さんがね、更新料はいらないって。」
「マジか、いいな!俺もそこに引っ越そうかな?」
「ショージ、そういう問題じゃねえよ。」
ゴンちゃんがたしなめる。
「アイヴィーは、何年も前からあそこの大家の婆ちゃんと仲良くしてて、暇さえあればゴミ出しや掃除を手伝ったり、茶飲み話に付き合ったりしてるんだ。損得勘定でやってるんじゃねえ、やりてえからやってるんだよ。そういう気持ちが、こういう時に返ってくるんだ。」
「まあ、“アンタたち、たまにエレキの音が大きいわね”とは言われてるけどね。」
アイヴィーはニカッと笑った。
「こんな時代でもさ、世の中捨てたもんじゃないよね。しみじみ感じたよ、人のありがたみ。」
彼女はえんじ色のDr.マーチン8ホールで、床をガシガシと踏みつける。
「まあ、でも、アタシたちはパンクだからね。パンクはパンのみで生きるにあらず…それじゃ一文字、足りないよね。」
「ん?アイヴィー、どういう意味だ?」
「ショージ、残念だ。お前、ホントに残念だ。」
ゴンちゃんはそう言うと、ギターをギュイン!と鳴らした。
「さあ、リハやろうぜ。止まらなくなってきた!」
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