その8

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その8

6畳1間のアパートで、一軒家の2階で、ベッドの中で。 北海道から、沖縄から、海外から。 一人一人の目の前で、「ズギューン!」のライヴが繰り広げられていた。 開始から数曲で、あっという間にゴンちゃんのモヒカンが折れ曲がる。激しすぎるアクションに、鼻の頭から汗がしたたりっぱなし。 それでも、カミソリのようなメロディーを、正確なリズムで次から次に織りなしていく。 ジャッキーはステージが始まった瞬間に、たたずまいが変わる。 まるで彼自身がベースの一部になったかのような、堂々としたプレイ。小手先だけじゃないラインを複雑に弾きこなし、アドリブも自由自在だ。 ショージはバンドの屋台骨を支える鉄壁のビートを刻む。彼がご機嫌になればなるほど、「ズギューン!」のライヴは良くなるんだ。 アイヴィーは、心から楽しんでいた。 ライヴハウスのステージとは多少勝手が違うのか、今夜は派手なアクションやジャンプは控えめ。だけど、その分を補って余りある、圧倒的な歌唱力と魅惑の表情。 まるですぐそこに、超満員のオーディエンスがいるかのような臨場感。小さいハコ、大きなホール、どっちだっていい。とにかくそこに、熱い仲間を感じてるってこと! 耳を澄ませば、やつらの歓声が、息遣いが、熱いシンガロングが聞こえる。 目を閉じれば、振り上がる拳や、沸きあがるモッシュや、汗まみれの笑顔が見えてくる。 過去は遥か後ろへ。未来は夜の向こうへ。 今は今を、楽しめ! モニターアンプ代わりに置かれたビール箱に片足を乗せ、腕をギュッと突き上げて、力の限り歌い上げた。 これがパンク・ロックだ! 「勝手にアンコール、やるよ!」 最後の曲を歌い終えると、アイヴィーは息を切らせながら、ひと言カメラに向かって宣言した。 ライヴ中はMCを挟まず、ブレイクも極力入れず、光速でただ曲をぶっ飛ばす。「ズギューン!」のスタイルは、アイヴィーがメジャーから帰ってきて確立された。 まさに“ズギューン!”と放たれる弾丸のように。 「新曲、作ってきたからね。この人と、一緒に!」 アイヴィーは笑顔で、彼を画面に迎え入れた。 ギターを構えた、「ニー・ストライク」のギタリスト・シン。 「シンです!これはね、シンとアタシで作った曲だよ。」 夜な夜な、二人でセッションをしては作り上げた、あの曲。 「今夜は“ズギューン!”初のツインギターでね。ゲスト・ギタリストとして、シンに弾いてもらいます。この曲、“ズギューン!”と“ニー・ストライク”の両方の曲になるからね。スプリット・アルバムでも出すかな。」 アイヴィーがケタケタと笑う。 シンも条件反射的に笑みを見せたが、手がブルブルと震えているのを隠すことはできなかった。 目の前であんなライヴを見せつけられて、ガマンできる方がおかしいぜ。 「ステイ・ポジティヴでいこう!」 アイヴィーが叫ぶのと同時に、矢のようなドラム・ロールから、ぶ厚い音の塊が一気にスタジオ内を駆け巡った。 “ズギューン!”史上もっともファストで、もっとも攻撃的なスラッシャー・ナンバー!ベテランが描く軌跡とは真逆の進化は、“ニー・ストライク”のエッセンスも間違いなく入っている。それにしても鋭い! アイヴィーが熱く歌い始める。どんなにファストでも、その中にロックンロールなメロディーがあり、全パートが埋もれないのが“ズギューン!”の“ズギューン!”たる所以。 そこに、シンのギターが加わるのだ。燃え上がらないわけがない! ゴンちゃんとシンの掛け合いは、喧嘩に近い音の真剣勝負!ギリギリのところで調和する。どちらかが隙を見せたら負け。そんな攻防が、わずか1パートの中で繰り広げられる。 アイヴィーは、噛みつくような勢いで歌い続ける。叫んでいるようで、しっかりと自分の歌を聞かせている。 怒涛の勢いの中で、笑顔をいっぱいに咲かせて! 唐突に、曲が終わった。残響音だけがスタジオ内に余韻を残す。 誰も何も言わない。 物音ひとつ立たない。 物言わぬ画面の向こうで、手に汗を握ったパンクス、バンドマン、DJ、オーディエンスたちの歓声が、全国を縦横無尽に駆け巡っていた。
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