右翼暴力教師

1/1
前へ
/4ページ
次へ

右翼暴力教師

   大輔はもう三十歳になる。大阪の府立高校で社会科の教員をやっているが、問題教師とみなされている。なぜかって?彼の「思想」が偏っているからなんだよ。だから彼の授業のことは噂となって保護者の耳にも入り、それどころか校長や教育委員会の耳にも入り、問題教師として睨まれていたんだ。  そして今日も怒り狂ったクレイマーの親がやってきたんだ。  「あの偏向教育をやっている教師を出せ。共産党員は皆殺しなんて言ったそうやないか?」  そう言って大変な剣幕で校長室に怒鳴り込んできたんだ。「またか?」校長はこのようなモンスターペアレントには辟易としていた。それも大半は大輔の授業に対する抗議だったからなんだ。  「いや、事実を確かめてから本人にはきちんと言って聞かせます」そうは言ったものの大輔という奴は相当な偏屈なんだ。ちょっとやそっとで考えを変えるなんて生やさしい教師ではなかった。「あと二年無事に勤めあげれば目出度く定年なんだ。それからは悠々と隠居生活が送れると思っていたのにあの馬鹿が、また問題起こしやがって」と校長は思ったんだね。とにかく校長はもうほとほと困っていた。これで今年になってから三件目だ。また校長室へ呼ぶのか。仕方がない。前の学校の校長から話は聞いていたが、これほどとは思わなかった。そう思って白髪交じりの頭を抱え込み、「あいつを何とかしないといけないなあ」と思ったんだよ。  校長は大輔を呼ぶことにした。というかしょっちゅう呼んではいたんだが---。  「川村先生、校長が大変な剣幕で校長室へ来いって言ってるよ」と同僚の教師が大輔に告げたんだ。大輔は職員室横の校長室のドアをノックして中へ入る。すると開口一番校長が言ったんだ。  「川村君、またクレイマーが来たよ。一体どんな授業をしているのですか?」  大輔は「座って下さい」とも言われてないのにソファーにどっかと腰を下ろしたんだ。態度がデカいぞ。態度が。そして言ったんだ。  「どんな授業って、正しいことは正しい、間違ったことは間違っていると教えているだけです」  「いや、世の中には色んな考えがあるからねえ。それを認めてやらなくては」  「では校長先生は『人殺しをしてもいい』と教えても構わないのですか?」  「それは極論です。共産主義のことをアカなんて呼んだり、あなたの教育は完全に偏向していますよ。それから『共産党員は皆殺し』なんて本当に言ったのですか?」  「はい。言いましたよ。それにアカはアカでしょう。それから校長先生は旧ソ連や中国でどれだけの人間が殺されていったか知っているのですか?チベットなんかでは百万人が犠牲になっているのですよ。共産主義は悪魔の思想です」  「それは君の考えだ。それから、電機労連なんて固有名詞を出して非難したそうじゃないか?一体電機労連がどんなことをしたって言うんですか?」  「私は電機労連が違法電気工事をやっていると述べたまでです」  電気労連というのはNTTの組合であり、この電機労連が共産主義者の手先となって、反共的な連中をやっつけるために電話線のケーブルから有害電磁波(S波と言っていた)を出しているという考えを大輔は持っていたのだよ。それは、大輔が所属していた宗教団体「木岩現正法」の教えだったんだ。信者であった彼はその馬鹿馬鹿しい理屈を真剣に信じていたわけだ。この「木岩現正法」については後々詳しく言います。 大輔の奇妙な答を聞いた校長は答えた。  「そんな証拠がどこにあるのですか?」  大輔は雑誌のようなものを開き、幾葉かの写真を見せたんだ。  「これが違法工事の証拠です」  「ただの『電柱』じゃないか?」そう。校長にはそれはただのどこにでもある電線と電柱にしか見えなかったんだ。しかし大輔は言った。  「校長先生はこれがただの電柱に見えるのですか?このケーブルの巻き方、おかしいとは思いませんか?」  校長はこう思ったんだ。  「(この男は何を言っているんだ?頭がおかしいのか?)」そして吐き捨てるように彼に言ったんだ。一体これは何の宗教なんだと思ってね。  「ええい、そんなことはどうでもいい。君は何か宗教でもやっているのかね?」  「これは宗教ではありません。啓蒙運動です」  木岩現正法では自分達のことを宗教団体とは呼ばず、啓蒙団体と称していたのさ。実際木岩現正法は財団法人であって宗教法人ではなかったからね。しかし、信じている内容はまさに宗教だ。呆れた校長はまたも吐き捨てるように言ったんだ。こんな奴の言うことは俺の教育方針ではないぞということを示さなければならなかったからなんだ。  「もうわかった。教育委員会へ報告する」  「ご自由にどうぞ」 一事が万事この調子であったから校長としてはたまらないわなあ。   * さて、大輔は来岩現正法という宗教に身も心もどっぷりと浸かっていたんだ。  木岩現正法とは来岩峰子という女性が起こした新興宗教だ。あ、これは失言。啓蒙団体だ。  この宗教(団体)は「反共」と「動物愛護」を教義の二本柱として立てられたものであったんだ。キリスト教の影響を受けてはいたが、聖書よりもこの教団の出す出版物を重要視していたんだ。  大輔はこの宗教の出版物を彼の田舎の本屋で見つけたんだ。少女マンガのような表紙に「天国への道」と書かれ、この団体の教祖である来岩峰子氏の若い頃の写真が裏表紙に載っていたんだよ。また「現代の聖書・仏典」とも記されていたんだ。何でも、聖書や仏典はカビの生えたようなもので、この教団の機関誌や本を読めば真実が分かるとのことだったんだ。  大輔は昔キリスト教会へ通ったこともあったが、飽き足りず、いつの間にかて新興宗教を渡り歩くようになっていたんだ。所謂「宗教遍歴」ってやつだ。「本当の正しい教えって何なんだ」という問いを心に持っていたからなんだなあ。その宗教遍歴は既に大輔が小学校六年生の頃から続いていたというからかなり早熟だったんだな。  そして大学生の頃に「神の光」という新興宗教に出会ったんだ。  「神の光」の教祖は既に他界しており、娘の照子が後を継いでいた。しかし、この照子という人に疑問を抱いた信者が次々と離れ、教団は分裂したのさ。何でも、照子氏は青年部の会員を「○○学会を見習え」と言ってビンタして回ったり、自分を布団の上に投げてもらって悦に入っていたということだから、これはかなり怪しい。また、照子氏はいくつかの本を出版して「ミカエルさん」と呼ばれていたようだが、それらの著作は某有名小説家の書いたものだったんだ。それを霊感によってわずか一週間で書き上げたと吹聴していたというわけだ。だから次々と信者は離れ、「我こそは後継者である」という人がどんどん名乗りを上げるようになっっていったんだ。  その「神の光」の真の後継者として名を上げた一人が来岩女史だったんだ。自分こそが本物のミカエルであるということだ。  早速大輔は「天国への道」を読破したんだな。この馬鹿は。  それには次のような内容のことが書かれてあったんだ。  「今から三億年前、UFOに乗ってベー=エルデ星という星から地球へ植民団が訪れた。その隊長がエル=シャルレア=カンタルーネ伯爵であった。彼らは気候のいい土地をエル=カンタラと名付け、定住した。これが後にエルデンの園(↓エデンの園)となった。  やがて死んで魂だけになったその『移住者』達は天上界を造り上げた。その天上界にはランクがあって、幽界・霊界・神界・菩薩界・如来界と順に高くなっていく。この宗教の目的は立派な働きをして少しでも良い世界へ行くことと、この世にユートピアを作ることである。  ところで、この霊の世界には天使がいて、地上を支配している。  その天使は七人いて、代表がミカエルである。(元々、『神の光』の照子氏がミカエルを名乗っていたが、来岩代表が本当のミカエルであると主張していた)  その天使の中にルシエルがいた。彼は元々カンタルーネ伯爵を讃える賛美隊の隊長であったが、背いてサタンになった。  しかし、ルシエル(ルシファー)はやがて改心し、サタン=ダビデがサタンになった。ダビデ王の名はこのサタン=ダビデより来ている。  彼らは聖書に記載されている不思議を次々と行っていった。  例えば、『出エジプト記』の紅海が割れる有名な場面はサントリーニ火山の噴火を利用して起こした。  キリストが起こした様々な奇跡は、全て天上界から送られたエネルギーで成し遂げられた。  また、復活は、天使達がイエスにエネルギーを与えて成し遂げられ、イエスの霊が天上界へ昇ってから、その体はヨルダン川に沈んだ。  そして、この教えを現正法と言い、それに反するものが共産主義であり、人間に課された一番大切な仕事は、この共産主義を地上から撲滅することである(なぜここで共産主義が出てくるのかは全く不明)。  また、動物も人間と同じ権利を持っており、動物を虐待することは一番いけないことである」  まあ、掻い摘んで言うとこう言う教義だなあ。  また、来岩現正法では定期的に「JN」や「生存」といった機関紙も出しており、これらが教義の中心になっていたんだ。 そして月に一回、最終日曜日に「現正法の集い」という会合が開かれ、そこで講演を行ったり討論をしたりしていたのさ。  大輔は、教師であったことから、いつの間にかこの会の中心メンバーになり、講演を行ったり、ビラ配り(現正法では『ジョギング』と呼んでいた)を行ったりするようになったんだ。本物の馬鹿だねえ。              *  大輔は、その機関誌や本に掲載されている反共的な言葉の数々に最初は疑問を持ったけど(そりゃそうだろう)、やがては自身もウルトラ右翼になっていった。  そして、最初に赴任した学校で極端な反共宣伝授業を行ったんだ。  「ついに来るかソ連の日本侵攻(当時はまだソ連が存在していた)」  「日教組の平和教育に騙されるな」  「悲劇のカンボジア。キリング=フィールド」  「北朝鮮日本人妻の悲劇」  「日ソ中立条約を無視して侵入したスターリンの『悪魔の軍隊』」  「チベットで百万人を殺した毛沢東」  「憲法九条は国を滅ぼす」  「GHQによって押しつけられた平和憲法」  これが大輔の授業だ。そりゃ偏っているのは一目瞭然だ。まあ、これが彼の授業単元のタイトルだから大体何をやっていたか想像できるでしょう。  また、生徒の中には大輔の授業に疑問を抱く者もいたんだ。当然だわな。大輔はこのような生徒達の答案に、たとえ答えが合っていても、大きく×点をつけ、「思想がなってない」と大書したんだ。これで問題にならないはずがない。生徒のみならず、親が怒鳴り込んでくることはしょっちゅうだったんだよ。特に「思想がなってない」と言って0点をつけられた生徒の親なんかは大激怒。親というものは大輔に文句を言うんじゃなくて、先ず校長か教育委員会へ怒鳴り込んでくるんだなあ。そして、またもややって来たんだよ。0点をつけられた生徒の母親が校長室へ怒鳴り込んで来やがった。  「校長先生、あの川村という先生を呼んで下さい。うちの子の答案がなぜ0点なのですか?それから、この『教育勅語を書け』という問題は何ですか?」  「まあ、待って下さい。本人にはきちんと言ってきかせます」  またまた校長室先生のお呼びでございますよ。川村先生!  でも大輔はひるまなかったんだなあ。校長室へ入るなり何て言ったと思いますか?  「おやおや、これはアカの親御さんですか?さすがに思想が狂ってるだけあって、顔もどぎついですなあ。その眼鏡は何ですかいな?喧嘩売りにきたんですかいな?まあ、話は聞きましょう」  校長はいつものこととは言え、この態度にまたまたビックリ!  「川村君、何だ、その態度は?それにこの子の答案がなぜ0点なのですか?あなたの行っていることは明らかに偏向教育ですよ」  「ほう、それでは校長先生は日教組の偏向教育が正しいとおっしゃるのですね。どうりで真っ赤っ赤の馬鹿生徒が育つわけや」  「何ですか?この態度。私、教育委員会に訴えます」  「どうぞご自由に」  この親御さんは教育委員会に訴えるという「暴挙」に出たんだなあ。まあ校長も頼りないし、本人は頭がおかしいとなったら教育委員会しかないわな。でも最近のモンスターペアレントなんかはしょっちゅうこの手を使うんだよ。怖いよね。  ところで教育委員会には査問委員会というのがあって、問題を起こした教師を叱ったり場合によっては懲戒免職にできるんだよ。こうして校長とともに大輔は府庁舎内の教育委員会まで出かけたんだ。教育委員会へ行くと指導主事なんかも来てる。指導主事というのは言うならば「先生の先生」だ。教育委員会に出向くまで校長も大輔も無言だった。それはそれは異様な風景だったよ。電車で出かけたのだけれど、大輔は大輔で何も悪いことしたとは思ってないし、校長は校長で何とか問題を起こさずに定年まで勤め上げたいと思っていたからなんだ。校長は心の中で思っていたんだ。  「(この馬鹿め、右翼め、こいつは確信犯だな)」  教育委員会は府庁舎の別棟にあって木造の古い建物でエレベーターさえついてない。到着すると受付に「○○高校の校長です」と校長は丁寧に挨拶。大輔は横を向いたまま。態度がデカいぞ態度が。大輔君。宗教なんか信じたらこうなるのかなあ?  こうして大輔は教育委員会の査問委員会にかけられた。指導主事をはじめ、お偉いさんがそろっている。そして指導主事が言った。  「川村先生、この憲法の問題、『全て国民は健康で(文化的)な(最低限度)の生活を営む権利を有す』で合っていますよねえ。なぜ×なのですか。いや、それどころかこの生徒の答案、何も見ずに0点にしてあるようですけど、それはなぜですか?」大輔は悪びれた様子もなく、自分は正しいんだと思っているのかハキハキとした声で答えたんだ。  「そんなもの、思想がなってないからですよ。大体、この子の授業の感想見て下さい。『先生は戦争で死にたいのですか?』とか『先生は戦場のメリークリスマスを視ましたか?日本軍はひどいことをしたのですねえ。』とか、日本人の価値を落としめるものものです。こんな考えをする生徒は0点でいいのです」教育委員会様は心臓が飛び出すくらいに超びっくり。そして黙って聞いたいた校長に言ったんだ。  「校長先生、何か言うことは?」  「申し訳ありません」  校長は謝るしかないと思ったんだね。しかし教育委員会は言葉を続けたんだ。  「いや、この先生、このまま放置していていいのですか?」  「いや、本人には何回も言ってきかせてあるのですが---」  そこへ大輔が横やりを入れます。  「校長も教育委員会も組合の味方なのですか?私は日教組によって『洗脳』された生徒達を正常な考えに戻してやりたいのです」  「その『正常な考え』と言うのが教育勅語ですか?」  「そうです。おかしいですか?」  教育委員会の指導主事が言った。  「ああ、おかしいですよ。先生は公務員には憲法を守る義務があるのを御存じないのですか?また、教育勅語は昭和二十三年に既に廃止が決まっているのですよ」  「教育委員会さんの癖に組合のようなことをおっしゃる。いかがなものですかねえ。教育勅語にはこんな立派なことが書いてあるじゃないですか?それにこれは現代社会の倫理分野として出した問題です。儒教の精神はこの教育勅語の中に詰まっているのです。それを暗記させて何がおかしいのですか?」  「暗記?」  校長も教育委員会も声を詰まらせたんだな。なぜってこの教師は今だに教育勅語を暗記させていたからに決まっているじゃん。  「あなたは狂っています。三カ月の減俸です」  「ほう、いいですよ。組合の犬さん。校長も教育委員会も組合の犬じゃないですか?」  『組合の犬』と言われて教育委員会は激怒したんだな。何なんだこの教師は?謝って、この生徒のテストを採点し直したら許してやろうと思っていたのに---。  「あなたこそ何ですか?組合と対決するならもっとましな考えを持って対決して下さい!」  こうして、大輔は三カ月の減俸を喰らったんだ。 *  当時の学校には赤い教師が多かったんだ。特に社会科教師の大半は組合員であるか、少なくともシンパだったんだよ。組合というのは勿論、かの日教組のことだよ。まあ、正確には高校だから「高教組」だったけどね。  まだ時代は昭和であり、ソ連という国も存在していた頃だ。  だから、学校でウルトラ右翼を貫くことは勇気を必要とすることだったんだ。  管理職からも教師仲間からも生徒からも親からも、大輔の「偏向教育」は危険視されたんだ。  しかし大輔は---幸せだったんだなあ。こいつ。  「私は全てを知っている。馬鹿なのはあいつらだ」  「地上でどんな目に会っても天国が用意されているからいいんだ」  そう本気で思っていたのだから始末に負えないわな。  また、この宗教には所謂「ご利益」など全くなかった。それどころか、霊のことをいたずらに強調するような宗教を「霊能病」と呼んで蔑んでいたんだよ。  例えば、病気治しなどで有名なペンテコステ派のキリスト教などは、「アメリカ聖霊派の悪霊」、ユリ=ゲーラーなどは「五十人ほどの悪霊が憑いていて奇跡を行っている」、お光さんなどは「強い悪霊が弱い悪霊を追い出している」と言った具合だ。  しかし、大輔は信じたんだな。これが後にどんな結果をもたらすかも分からずに---。 また、信じてはいたんだけど、その出版物に描かれた天の様子や、使用されている用語があまりにもマンガチックなので、大輔はあまりそのことは話さなかったんだ。  例えば「輪廻転生」のことは次のように解釈されていたんだ。  (この宗教はキリスト教の影響を受けていたが、輪廻転生を信じているようであった)  輪廻転生を信じていると、一つの疑問が湧いてくるじゃないか。  それは、「世界の人口」と「生まれ変わり」のことだよ。もしも「生まれ変わり」があるとするならば、人口は明らかに増えているのに、その魂がどこから来たか分からない。突然発生した者なの?これに対し、木岩現正法では明確な答を提供していたんだ。 来岩現正法によると、人間が産まれる時に霊が赤ん坊に「合体」し、死んだ時には合体した霊と本人の霊とに分かれて霊は二つできるということだそうだ。これならば、世界の人口がいくら増えても何の矛盾もないよね。  先述したように従来の「生まれ変わり」の説では、人口が一億から七十億に増えた時に、残りの六十九億の魂はどこにいたのか、何処から来たのか説明がつかないね。でも、この「合体」説で説明はつくんだ。  因みに、合体した霊を「本体」、合体された霊を「分身」というらしい。来岩現正法では、著名人の本体の合体先も書いてあったんだよ。どこに書いてあったのか?って?それは木岩女史の著作物にも書いてあったし、機関誌にも書いてあったんだ。  例えば、釈迦の本体は桂小五郎、パウロの本体は親鸞、ペテロの本体は矢内原忠雄といった具合。  しかし、「合体」とか「分身」とか、もっとましなネーミングはないものだろうかねえ?  まるで、「機動戦士ガンダム、パイロットがただいまよりモビルスーツに合体します」の世界だ。  しかし、大輔はこれもそのまま信じ込んだんだな。本当の馬鹿だ。   大体こんなものを本気で信じるなんてお坊ちゃん育ちで純粋培養の人間と相場が決まっている。大輔は小学校六年生の時から宗教遍歴をしてきたし、宗教の怖さというものは肌身で感じていたんだ。だからこんなものに騙されるわけはないと自分で思っていたんだ。しかし彼も実際には純粋培養だったんだね。オウムに高学歴のお坊ちゃま君が多かったのと同じだ。そして信じたからには、後は破滅まっしぐらー。馬鹿だねえ。               *  また、大輔の初任校はスパルタ教育で有名だったんだ。学校の教育方針は「東高校・西高校に追いつけ追い越せ」だったし、校則も厳しかった。例えば自転車の並進は即一週間の自転車取り上げ。喫茶店の出入りは禁止。ズボンの太さやスカートの長さもきっちりと決まっていた。それに違反すると体罰を行う教師もいた。そして大輔はその方針に完全に賛同していたんだ。そして自身もいつの間にかスパルタ教師になっていたんだな。  ある日、中間考査が行われたんだ。って騒ぐほどのことではないか。どこの学校でも中間考査はあるわなあ。実はこの学校では中間考査中は鞄を前後に置いておくことになっていたんだ。そして大輔は試験監督に行く。行ったことのないクラスだ。テストの束を配り終えると大輔はその鞄をつぶさに調べ、今日の「体罰」のできる「獲物」を物色しはじめたんだ。まるで体罰を楽しんでいるようだった。今だったらスマホで動画を撮影されてSNSで発信されて即アウトだけどね。  「体罰の獲物、体罰の獲物」そう思って鞄をつぶさに調べていると---。  あった!  男子用の鞄の後ろに白いラッションペンで「洋子命」と書かれていたんだ。  大輔はチャイムが鳴って答案を回収し終えると同時に鞄を教卓に置いて言ったんだ。  「おい、この鞄の主、出てこい」  つかつかと男子生徒が教卓へ歩み寄るってきたんだな。そう。獲物がやって来たんだ。来ると同時に大輔は一喝!  「お前は極道か!」  そう言ってその生徒の頬を裏拳で殴ったんだ。  頬を押さえる生徒。すると、彼は殴られたショックから立ち直ったと思いきや何か恨みのこもったような目つきで大輔を見たんだ。これが大輔の怒りの火に注ぐ結果となった。  「何や、その目は?」そう言って一段高くなった教卓から降りたかと思うと瞬く間に大輔のローキックが炸裂したんだな。生徒は床に倒れた。大輔は空手の有段者だ。そんな奴にやられたらかなわないわなあ。  大輔はその床に倒れた生徒の顔をめがけてキックを次々とおみまいした。空手の蹴りだぞう。そりゃ行き過ぎじゃない?なんて考えは大輔にはなかったのさ。なんせ、木岩現正法では「子供は殴って育てよ」という教義があったんだ。確信犯だ。  「極道の癖に何で学校へ来てるんや?文句あんのか?大体その目は何や?」  大輔の蹴りは止みそうにない。しかも顔面への容赦のないキック。  彼は口から出血し始めた。歯が折れたのだろう。  「おい、この先公狂ってるぞ」  誰かが小声で言ったよ。  そしてやられていた生徒は「すみません」と言ったのでキックは終わったんだ。  「この鞄は担任に渡しておくから後でとりにこい」  そう捨て台詞を残して大輔は教室を後にしたんだ。手にはテストの答案の束と鞄が握られていた。  ところがこのクラスの担任が組合の闘士だったから、さあ大変。 「川村先生、鞄の落書き消させました。でも少しやり過ぎじゃないですか?これは体罰ですよ。石橋の歯折れてましたよ」  そう担任から告げられた大輔は毒づいたんだ.何せ確信犯だからね。  「それがどないしてん?このアカめ。ああ言う連中はなあ、体で言わなわかれへんのや。これを教育って言うんや。文句あったら校長に言え!」  さあそれからが大変。また親が怒鳴り込んできた。校長室へだ。校長室でお茶をすすって定年後の人生設計を立てていた校長先生は大弱り。  「(またか?あの右翼暴力教師の川村か?)」そんなことはお構いなく母親はぶち切れて校長に迫る。  「石橋と言います。校長先生、あの川村とか言う先生を出して下さい。いくら何でもやり過ぎじゃないですか?うちの子は歯が折れたのですよ」  「わかりました。本人を呼んで事情を聞きましょう」  また、校長室へ呼ばれる大輔。今度は教頭先生が職員室にいた大輔をとっつかまえて校長室へ連行したんだ。入るなり開口一番何と言ったでしょうか?  「これはこれは石橋さんとやら。治療費でもたかりにきたのですかいな?さすがにアホの親らしくアホづらしてまんなあ」  これが大輔の第一声。大声で言ったから壁隣の職員室にも丸聞こえ。何人かの教師が聞き耳を立てていたんだ。「これであの右翼暴力教師の川村も終わりか」ってね。勿論校長は黙っていない。  「川村君、何だね。その言い方は。きちんと謝りなさい」  「嫌やね。アホ橋さんとやら。あんたの息子は極道でっさかいに教育してあげたんや。有難く思え」  「何、この態度。校長先生、この人頭おかしいのと違いますか?私、教育委員会に訴えます」  「ご自由にどうぞ」と大輔が言ったので校長は大弱り。そんなこと「ご自由に」やられたら俺は目出度く定年退職を迎えられないじゃないか?この馬鹿め!と思ったんだな。 こうしてまたまた大輔は教育委員会の査問委員会にかけられたんだ。  またもや府庁舎の教育委員会へ出かける大輔と校長。そして教育委員会のドアをノックして入るなり、教育委員会のお偉いさん達は腕組みをしてじっと凝視。  「また君か。これがあなたの教育ですか?」  「そうですよ。言うて分からん奴は体で言うこときかすんですよ。何か悪いんですか?」  おお、反省の色全然なし。  「とにかく追って処分するからそのつもりでいなさい」ときた。 もう覚悟したね。でも懲戒免職かと思っていたら、三カ月の減俸と厳重注意だけですんだんだ。よかったね。  とにかく、こんなことを繰り返していた教師だったので、生徒達にとってはたまったものじゃないわな。  「頭のイカレタ右翼教師、暴力教師」  これが大輔に与えられた称号だったんだよ。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加