第四話

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「梅、梅!」 「へい」 「へいじゃなくてはいだろ、悪いけど、またあの人のところに文を届けてくれないかい」 「はい」 「いつも悪いね、ほら、これを持っておいき」  梅は佳乃から渡された菓子と文を持って、見世の前に毎日のようにやってくる男の人の元へと向かう。その人は、えらく男前で物腰柔らかい優しそうな人で、文を渡しに来る梅のことを覚えてくれたらしく、いつもありがとうと梅に声をかけてくれた。姉女郎達が、花魁のマフだとか、金にならない客だとか色々言っていたが、梅にはなんのことだかよくわからない。 「お凛ちゃん、佳乃姉さんからお菓子もらったから一緒に食べよう」 「うん!」  梅がお菓子を手渡すと、お凛は満面の笑顔で受け取り、あっという間に平らげる。いまやすっかりいつも通りの二人だが、実はほんの数日前、梅とお凛は初めての大きな喧嘩をしたばかりだった。  花魁になりたいだなんて、梅ちゃんは何もわかっていないと言われ、梅も負けじと、佳乃姉さんを妖怪だなんてお凛ちゃんの目は節穴だと、お互い言いたい放題言い合ったのだ。 いつも仲の良い二人の喧嘩に、他の禿や新造達は、めずらしいことだと面白がったが、気がつけばまた仲良く一緒にお菓子を食べている二人に、子供は単純でいいねなどと嫌味を言う。そんな声などお構いなしに、二人はヒソヒソト内緒話をしていた。お凛と梅は、この日とある計画を立てていたのだ。 「それじゃあ、今日こそは寝ずに、夜八つまで起きてようね」 「梅ちゃんほんとうに大丈夫?前もぐっすり眠っちゃって全然起きなかったじゃない」 「大丈夫!今度こそ絶対起きていられるもん」  玉楼には、開かずの間と言われる部屋がある。昔からその部屋の引き戸にだけ外側から心張り棒が付いており、なぜが誰も開けてそこに入ろうとはしない。姉女郎から聞いた噂によると、昔その部屋で、一人の遊女が首をつって自殺し、それ以来夜になると女の幽霊が現れ、あの世に連れて行かれるというのだが、お凛達が興味を持ったのは、座敷持ちの胡蝶から聞いた話しだ。  胡蝶はお凛と梅がここへ来る前、すぐに捕まり連れ戻されたものの、一度足抜けし吉原の外に出たことがある唯一の遊女だ。その話を姉女郎から聞いたお凛は、どこか近寄りがたい雰囲気を持つ胡蝶に、勇気を出して、どうやってここから外へ逃げだしたのか尋ねた。すると胡蝶が、実はあの開かずの間に、吉原の外に出れる秘密の抜け穴があるんだよと、実しやかにお凛に語ったのだ。  もちろんそんなものあるはずもなく、胡蝶はお凛を揶揄かっただけなのだが、お凛は子どもらしい素直な好奇心からその話に夢中になり、梅に伝え二人で話すうちに、すっかり信じこむようになってしまっていた。 「昼間開けようとしてるの見つかったら、源一郎やお吉や佐知に何されるかわからないからね、みんなが寝静まった時しか機会はないよ」「でももし抜け穴はなくて、幽霊にあの世に連れてかれちゃったらどうしよう」 「大丈夫!その時は私が絶対に梅ちゃんのこと守るから!」 「ほんとうに?ありがとうお凛ちゃん!」
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