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長い道中何度も逃げようとしたが、そのたびに弥七に殴られ、連れてこられたのがこの玉楼だった。
「おまえは今日からこの玉楼の子だ。おまえは器量良しだからね、これからお前の世話をしてくれる佳乃姉さんの言う事をよく聞いて、立派な花魁になるんだよ」
そこの女達は、今までお凛がいた村では見たことがないような派手な着物を身に付け、顔を白く塗っていた。花魁と呼ばれている佳乃の、頭に長い棒のような簪をつけ、目が眩むほど煌びやかな着物を纒うその姿は、まるで女の妖怪のようだった。夜になると沢山の男達がやってきて、部屋から大きな笑い声や、時に女の苦しそうな呻き声が聞こえてくる。
恐ろしいところへ来てしまった。ここは、人間の皮をかぶった鬼達の棲家に違いない。このままここにいたら、自分も花魁という名の妖怪になってしまうのだと思うと怖くてたまらなくなり、なんとかここから逃げだすことばかりを考えていた。そんなある日、お凛はここに来て初めて人間の女の子に出会う。
「今日からお前の朋輩になる梅だ、仲良くするんだよ」
遣手の佐知に手を引かれてやってきたその女の子は、少し恥ずかしそうに俯いていたが、お凛がよろしくと言うと、とても嬉しそうに笑った。その笑顔があまりにも嬉しそうだったから、お凛もつられて笑顔になった。
その日、お凛は梅と色々な話をした。ここへ来る前のこと、自分が生まれた村のこと、死んでしまった父親や母親のこと、お夕のこと、友達のこと。
梅は、自分の父親は病気で苦しんでいるけど、自分がこっちで一生懸命働けば薬も買えるし、すぐに元気になるんだと言った。元気になったら、母ちゃんと父ちゃんが梅を迎に来てくれるから、その時は、お凛ちゃんも一緒においらの村へ行こうと言ってくれた。
その夜、お凛と梅は手を握り合って眠った。父親が死んでしまった日から、お凛が不安も恐怖も感じずに、ただぐっすり眠ることができたのは、その日が初めてだった。
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