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「お凛、男の手を握るなんてのはね、よっぽどの上客にやることだ、その上自分が禿だった頃の名前で呼んでほしいなんて、一体何を考えてるんだい?」
毅尚が帰った後、佐知がきつい口調でお凛を問い詰めてくる。
「それは…」
口籠もり応えられないお凛を黙って見ていた佐知は、ため息をつき言った。
「まあいい、今日あったことは全部お吉さんに報告させてもらうよ。おそらく、もうあんたがあの絵師に絵を習うことは今後ないだろうね」
「そんな!佐知さん、次は絶対にあんなことはしないから!お吉さんには言わないで!」
お凛は必死に佐知にすがりついて頼んだが、佐知は冷たく首を振る。
「甘えるんじゃないよ、私はこの玉楼の遣り手だ、怪しい行動は逐一お吉さんに報告する」
「怪しくなんてない!あの人は奥さんを心から大切にしているし…」
「違う!あの絵師が問題なんじゃないよ!あんたがあの絵師にあきらかに惚れちまったことが問題なんだ!」
「え?」
佐知の言葉に、お凛の顔はみるみる青ざめていく。
「…違う、そういうんじゃない!私はただ…」
「言い訳はいい。とにかく、今日あったことは玉楼の遣手として見過ごすわけにはいかない。あんたはそろそろ部屋に戻って夜見世の準備を始めな」
そう言い残し立ち去る 佐知の後ろ姿を見つめながら、お凛は一人涙目になって項垂れる。
(佐知さんが見張ってるってわかっていたはずなのに、どうしてあんなことしてしまったんだろう…)
今日確かに感じた希望と喜びが全て絶望に飲み込まれ、瞳に溜まっていた涙が溢れ出す。その雫は、お凛の描いた鼓草の絵にポトリと落ちて滲んだ。お凛は慌てて顔を離し、鼓草の絵を見つめると、声を出して泣き出しそうになるのをなんとか堪える。
『約束します』
毅尚の笑顔と言葉を心の中で反芻しながら、お凛は自らの絵を慈しむように、自分の胸に当てそっと抱きしめた。
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