第三十ニ話

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 高野屋とのやりとりを思い出しながら、源一郎は、夜見世が始まり張見世に並びだす遊女達を見やる。艶やかに着飾った女達が居並ぶ光景は華やかで壮観だが華の命は短く、その中でも花魁になれる遊女はほんの一握りだ。そして、その花魁の売り上げは見世の存続を左右し、玉楼ほどの大見世でも、いつまでも安泰である保証などない。  だからこそ、女の目利きは楼主になるものにとって最も重要な能力であり、我が父親ながら、虎吉の女を見る目は一流だった。思えば、胡蝶を花魁にするわけにはいかないと言った虎吉の判断も正しかったと言わざるおえない。   だが今、虎吉の病状は悪く、次に風邪を引いたらいよいよ危ないと医者に言われている。お吉の尻に敷かれているように見えて、見世の重要な決定や女の目利きは虎吉がやってきたが、最近はお吉の独裁状態が続いており、お吉に若い間夫がいることも、はたして気づいているのかいないのか…。  父に何かあれば、自分が玉楼の楼主になるのだという覚悟はとっくにできていたはずなのに、佐知の忠告を聞き流し、梅の異変に気づかなかった事実は、源一郎の自信を喪失させた。 (こんな俺に、花魁になれる器の少女を見出すことができるのか?)   美しいだけではダメなのだ。どんなに美しくても心が強くなければ、見世を背負って立つ花魁にはなれない。 『源ちゃんは優しいね…』  不意に浮かんだ面影に、源一郎の心は抉られるように痛みだしたが、必死に打ち消し頭から追い払う。 (しっかりしろ、今は過去に囚われている場合じゃない)   恋は女を狂わせ弱くする。お凛が絵師に惚れてしまったと佐知から報告を受けた時はどうなることかと思ったが、まだ深い仲にはなっていなかったからか、様子を見た限り幾分落ちついている。  しかし梅は、すでに男女の関係になっている可能性が高く事態はもっと深刻だ。これから売り出そうという振袖新造が二人も恋に溺れろくに客の相手もできなくなったなんてことになったら、今まで使った金をドブに捨てたも同じことになる。 (とにかく、梅の相手を一日もはやくつきとめて出入り禁止にしなくては。玉楼を俺の代で廃れさすわけにはいかない)  自らを鼓舞するように決意する源一郎の掌は、気づけば再び、爪が食い込むほど強く握りしめられていた。
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