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「昔、あたくし、結婚を約束した殿方がいましてね。でもその人、ある日を境にいなくなってしまったの」
唐突に、めでたい席でとんでもない話が始まった。聞き手たちの間に緊張が走る。
そんな皆の様子をものともせず、静香の母はよく響く声で話し続けた。
「そりゃもちろん悲しかったけど、なんとか前を向いて家業を継ぎ、あたくしそれなりにがんばりました。その後、夫に出会い、娘も授かって。幸い仕事も順調で、今はとっても幸せ。あのとき私の前から姿を消してくれた彼に、感謝したいくらいなのよ」
始まったかと思えば、ヘビーな導入部に反して、話はあっさり終わるようだ。
彼女に見据えられた目をそらせないまま、無言でひたすらこくこくとうなずいていた恭二は、内心胸を撫でおろした。
さすがは、長年人の上に立つ仕事をしてきた人物。少々強引ではあるが、こうした場での身の処し方は心得ているのだろう。
「だからもう、お恨みしていません。どうぞ、お気になさらないでね……鈴木さん」
そう言うと、不意に振り返った静香の母が、にっこり笑った。
その視線の先にいたのは――恭二の席の二つ隣、彼女から見れば斜め向かいの席で、先刻から汗が止まらなくなっている、恭二の父だった。
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