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その5
お日さまがすっかり傾いて、窓から入る日差しがオレンジ色に変わった。
アタシはレインのためだけに選曲した、とっておきのセットリストを紡ぎ続け、レインはノリノリで時には立ち上がって踊り、時には座って聴き入り、かたわらにビールの空き缶を何本も並べていた。
ボリュームは十分に絞っているつもりだけど、それでも近所から苦情が出ないか心配。今は皆さん在宅だしね。幸い、ここまで特に誰も何も言ってこない。
1曲1曲に思いがあり、1曲1曲に思い出がある。
いいDJって、テクニックがすごいとかじゃないんだ。思いを選曲に乗せ、セットリストに表現できるのが、いいDJ。少なくともアタシとレインはそう思ってる。
「ラストでーす!」
そういってアタシが回したのは…ロージー・アンド・ザ・オリジナルズの「エンジェル・ベイビィ」。これも二人の大切な思い出の曲。
シンプルなスローバラードに合わせ、二人でゆったりと身体を揺らせる時間が過ぎていった。
「ありがとうございました。」
アタシはそう言って深々と頭を下げた。レインが盛大な拍手で労ってくれた。
「サニィ、歓迎パーティありがとう。サイコーに楽しかったよ。やっぱりDJサニィはいいな。」
彼の目がキラキラしている。その目に惹かれて、アタシはこんなオンナになったんだよね。
「どういたしまして。」
アタシはそう言って、機材を片づけようとした。
「ちょっと待って。」
レインが手を振ってアタシの手を止める。
「俺にも回させて。」
レインはそう言うと、レコード棚から1枚のLPを引っ張り出した。彼の手持ちだったレコードを。
「なになに、DJレインが復活するの?」
「1日限り、1曲限り。」
そう言って、レインは針をレコードに落とす。音の調整をする時の真剣な顔、何年ぶりだろう。その顔が見たくて、ライヴに通い詰めたんだよ。
「オッケー。」
そう言って、彼はレコードを回した。
ボニー・レイットの「エンジェル・フロム・モンゴメリー」。アタシの回した「エンジェル・ベイビィ」にかけてるんだろう、さすがだね。でも、なんでこの曲?
「サニィに一緒に住もうって言われてから、いろいろ考えたんだ。すごく嬉しかったけど、それでいいのかなって。」
レインはちゃぶ台ブースを離れて、アタシの横に座った。
「世界中の恋人たちが、何ヶ月も会うのを我慢してる。お互いに感染させないように、そしてその周りの人々を守るために。今は、それが大事だよね。だから、いっときの自分たちの楽しみのためだけに会うのは、今は自分勝手な考えだと思う。」
アタシは黙っていた。
分かってるんだ。レインには何か言いたいことがある。
最後まで聞かなきゃ。
「サニィが提案してくれたこと、ホントに感謝してる。理にもかなってるし、感染リスクを下げることにもつながってると思う。だけど、どうしても自分本位って気持ちが拭えなかったんだ。何でだろうって、いっぱい考えたよ。そして、気づいたんだ。」
「…何でだったの?」
「俺だけ、リスクを背負ってないってこと。サニィは俺のために、リスクを背負ってくれた。俺は何もしてない、サニィに甘えただけだ。」
「レイン、そんなことないよ!」
「いや、あるよ。俺はどちらにしても東京に戻ってこなきゃだったけど、サニィは俺が来なきゃ感染リスクを上げることはなかった。たとえ、一緒にいたいと思ってくれるにしてもね。」
「それはそうだけど…。」
「だから、俺がどうすべきか考えた。そして、結論が出たんだ。リスクを背負う…いや、責任を取る時だって。サニィの気持ちに対してのね。」
レインはそう言って、ポケットから指輪を差し出した。
「サニィ、俺と結婚してください。」
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