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翌日、早朝の学校
私の足音が廊下に反響する。昨日のように地窓を開けて教室に入った。誰もいない教室を、祐介君の机めがけ一目散に走る。
私は手にした白百合を目の前の机に置いた。
…これでいいはずだ、恐らく。
あぁ、よかった。と安堵する気持ちとともに祐介君に対する申し訳ない気持ちが溢れてくる。
私の勝手な願いで恋人にしてしまい、本来の彼女との仲も悪くなってしまった。しかも女子に暴力を振るう男というレッテルも付いた。
本当に申し訳ない…けど、彼ならどうにかなるはず。だって私とは違う、スクールカーストの上位だから。自動的に地位が確立される人間だから。
もう、こういうことはやめよう。自分で願っておきながら、あまりに強すぎる効力に振り回されるなんて馬鹿すぎる。
「…ごめんなさい、祐介君」
私はそう言って、またトイレに隠れるため教室を後にしようとした。
その時、驚くべきものを目にしてしまった。
私の机に、黒百合が置かれていた。
「…え?」
近寄りそれを手に取る。
造花の白百合がマジックペンで乱雑に黒く塗られている。子供の悪戯のようなそれは、酷く醜悪な見た目だった。
「おはよう、彩子ちゃん」
突然背後からかけられた声に肩が震えた。
バッと振り返る。いつのまにか、教壇にクラスメイトの男子が立っていた。
「飯田…くん?」
「あは、名前覚えててくれたんだ。嬉しいなぁ〜」
飯田君はそう言って、不愉快な引き笑いをした。彼のことはよく知っている。私のような普通の人間以下…スクールカーストの最底辺。クラスで誰かと話しているのを見たことがない。いじめられている、というよりは忌避されているに近い存在。
「えっと…なに?」
「僕と付き合ってよ」
ニマニマと笑いながら飯田君が言う。嫌な予感がした。まさか…!
私は返答もせず、質問をぶつける。
「これ、飯田君がやったの!?」
私の机の上に置かれた黒い百合を見せつけて言った。
「ん?効きが悪いな…。そうだよ、僕がやったの」
「今すぐ解いて!」
「嫌だよ、折角作った意味ないじゃん」
「ふざけ──」
ドクン、と私の心臓が強く脈打った。体が熱い。なに…これ?
視界が歪み、堪らず近くの机に手をつく。
「お、効いてきたかな?大丈夫?」
飯田君が私に声をかけてくる。その一言一句が私の頭に響く。なんだろう、この感覚。嬉しいような、恥ずかしいような…。
「黒百合のまじない…。ネットで見たときは冗談だと思ったけど、昨日あのクソ男が黒い百合を見てから彩子ちゃんにぞっこんになったので確信したよ。本物だとね」
そうか、祐介君が登校する時間は普通に生徒がいる時間だ。誰かが祐介君にまじないがかかる瞬間を見ていてもおかしくはない。そして、そのまじないを知っていれば、それが本物だと言うことにも気付ける。
「さぁ、もう僕らは彼氏彼女だ!これからの学校生活はいつでもどこでもずーっと一緒にいよう!あ、浮気はしないから安心していいよ。僕は坂上とかみたいにケバい奴より彩子ちゃんみたいな普通の子の方が好きだからさ!」
その言葉に、私の脳が震えた。あぁ、今私は愛されている!この人が堪らなく愛しい。私の口は思考より先に飯田君への愛の言葉を紡いでいた。
「好き…!」
足が自然と彼の元へ向かう。
飯田君はふらつく私を抱くと、独り言のように呟いた。
「恋も呪いも似たようなものさ…どちらも相手を想えば想うほど、強く、重くなっていく」
「うん!そうだね!飯田君ってすごく頭いいんだね!カッコいい!」
非現実の加速した教室に、二人の恋人だけが残った。
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